彼となら、   熱くなれる
「敬吾さん、私もそう思うわ。クリニックにいると自分の無力さを確認させられるの。私にできることは本当に少ししかなくて、命ほどかけがいのないものはないと、現実から逃げることはできないと、その人にとって大切なものを失うことがどんなにつらいか、私にも少しだけどわかっているつもり。麻里さんはもういないけれど、思い出してくれる人がいることが彼女にとって安らぎになってくれればいいと思うの。麻里さんが恋人に裏切られた思いは最後まで消えなかったかもしれないけれど、敬吾さんといる時の麻里さんはきっと楽しかったはず。そうでしょ?敬吾さんも麻里さんと付き合っていて楽しかった思い出があるでしょ?」

「あるよ。」

「よかった、沢山あってほしいもの。」

久保先生の奥様が出産されて無事に退院した。

私は3階の子供部屋を見せてもらった。

生まれたての乳児が放つ、くすぐったいような甘い雰囲気と生命力の巨大なパワーに圧倒された。

女の子だった。

奥様のそばでそっと抱かせてもらった。

なんて愛しくて、なんて小さくて、なんて大切なものだろうと。

私は伝わってくるふわふわとした温もりに包まれた。

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