雪恋ふ花 -Snow Drop-

「春さん……どうして?」

「久しぶり」

春人がにこやかな笑顔で片手をあげた。


「やっと、見つけた」

「えっ?」

「犬渕珠算教室じゃないんだね」

「なんのこと?」


春人は地域の珠算連盟に電話して、やっとのことで、この場所にたどり着いたと言うのだ。
そう言えば、父の教室の場所は駅名しか言っていなかった。
教室名に名前をつける人も多いが、珠の父は教室を開いた町名をつけ、「稲葉珠算教室」としたのだった。
今年で還暦を迎える父は機械系が苦手で、ホームページももちろん開設していない。


「どうして?」

でもどうして、春人が父の教室を探したのだろうか……。
珠はまだ、不思議そうな顔のままだ。


「直接会って話したかったんだ」

春人は持っていた紙袋から色紙を取り出して、珠に手渡す。


「これ、渡したくて」


それは、きれいにデコレートされた押し花だった。


「わあ、きれい! これ、春さんが作ったの?」

「うん」

「これ、もしかして、スノードロップ?」

「そうだよ。僕の家で咲いたんだ」


うれしそうに、いつまでも押し花を眺めている珠に、春人が言った。


「スノードロップの花言葉は、他にもあるんだよ」

「楽しい予告?」

珠が笑いながら言ったので、春人は驚いた顔をした。


「知ってるの? でも、それじゃなくて」

「じゃあ、二月の乙女?」

珠はまた迷うことなく、言った。


「それも、ロマンチックだけど、他にもあるんだ」

「じゃあ、慰め?」

「ちがう」

「友を求める?」

そこまで聞いた春人がため息をついた。


「それもちがう。わざと、はずしてる?」

「……」

珠がとうとう黙り込んだ。
自分が知っている花言葉の残りは二つ。
でも、それを口にする勇気が出なかった。




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