雪恋ふ花 -Snow Drop-
部屋に荷物を置くと、珠はお風呂に入ることにした。
小さな宿なので、大浴場という感じではなく、ちょっと大きな家族風呂くらいだった。
まだ16時半なので、お風呂は貸し切りだった。
湯舟にゆっくりつかっていると、体から疲れがぬけていくようだった。
十分温まってから、洗い場で体を流す。
「きゃっ」
珠が小さな悲鳴をあげた。
すると、壁の向こうから驚いた声が飛んでくる。
「だいじょうぶか?」
「えっ? 春さん? あれ? 声が聞こえる?」
「ああ。ここ、壁の上がそっちとつながってるからな」
「あ、ほんとだ」
男湯と女湯をしきる壁の上部が天井から数十センチ離れている。
「なあ、悲鳴聞こえたけど、どうした?」
「泡、つけすぎちゃって~、お尻が椅子から、落っこちただけ~」
珠が大声で叫んだ時、ガラガラっと戸が開いて、男湯に人が入ってきた。
「ばかなやつ……」
春人が小さい声でつぶやく。
「ハハハハ、彼女さん、だいじょうぶですか~?」
男湯から見知らぬ関東弁の声が聞こえて、珠は慌てて口をおさえる。
急に恥ずかしくなって、急いでお風呂からあがった。
身支度を整えて、廊下に出ると、春人とばったり鉢合わせした。