雪恋ふ花 -Snow Drop-

終業後はさっさと帰宅し、自分の時間に当てるはずが、今日はあいにく同僚と出かける予定があった。
送別会の幹事を任され、その下見に店を見に行くことになったのだ。
春人は面倒くさいと思いながら、会場のフレンチレストランへ向かう。

繁華街から少し離れた路地に面してひっそりと建つその店は、創業40年。
木製の扉を開くと、シックな調度と落ち着いた照明で囲まれたたたずまいに、春人は思わずあたりを見回した。
フロアに入ると、雰囲気が一変して、明るく華やかなしつらえになっていた。

奥のテーブルへ案内され、さっそく打合せが始まる。
退職する上司を送る会は総勢10名で、日程と料理の相談を簡単に済ませて、せっかくだからと食事もして帰るつもりだった。

コース料理のメニューに並ぶ、よくわからない料理名を読んでいる時だった。
同僚の沼田麗子が声をひそめていった。

「あの子、どう見ても中学生じゃない? 一人で来たのかな?」

春人が麗子の視線の先に目をやると、ちょっとくせ毛のあるボブカットの小柄な女の子が座っていた。
しばらくして、それがもう二度と会うことはないと思っていた、珠であることに気づいた。

春人は店員に尋ねると、連れが急に来られなくなったのだと言った。
その瞬間に、嫌な奴の顔が浮かんだ。
また、あいつなのか?

店員に事情を話し、彼女に同席の許可を求める。
店員から話を聞いた珠がこちらのテーブルを振り返って、目を丸くした。

「春さん」

春人が軽く手を挙げる。
珠の笑顔が、向かいに座る麗子を見て、一瞬曇った。

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