雪恋ふ花 -Snow Drop-
「珠ちゃんは絶対に言わないと思うから、言わせてもらうけど、今日予約していたお店、ご家族との大切な思い出があるみたいよ。私達が行った時、一人で二人分のお料理食べてたわ」
「……」
「珠ちゃんって、ほんとにいい子ね。恨み言一つ言わずに、ずっと笑ってた。2時間いっしょにいただけで、すっかりファンになっちゃった」
春人が珠を抱えた腕にぐっと力をこめる。
その瞬間、珠がかすかに身じろいだ。
もしかして、起きてるのか?
今起きたら、まずい。
春人が珠の背中をあやすように、ぽんぽんとたたいた。
気づいてくれ、この意味に。
「とりあえず、寝かせてやりたいから、入らせてもらうぞ」
それまで黙っていた春人が静かに言った。
賢は黙って、通路をあけるしかなかった。
初めて見る珠の部屋は、シンプルだが、きちんと整った居心地の良さそうな部屋だった。
そっと、ベッドに寝かせると、布団をかけた。
春人は何も言わなかったが、掛け布団の襟元をぽんぽんとたたく優しい手が、珠には「ゆっくり、おやすみ」と言ってくれたような気がしていた。