追憶乃記憶

 彼自身、そのことにコンプレックスを抱いているようで、同じような感情を持つ私のこともよくわかってくれていた。
 幼い頃は、何度も彼に守ってもらったし、助けてもらった。

 無言でこちらを見下ろした彼は、片眉をあげて無言の追及をしてきた。
 散乱する書類に、僅かに変化した風の流れを読み取ったのだろう。
 だが、いくらラグナ様とはいえ、姉様がいるこの状況で、彼に全てを話すわけにはいかない。

 「でも、行き詰っていたのなら丁度よかったわ!」

 ぱちりと手を打ち合わせ、ふわりと微笑む姉様。
 正直、嫌な予感しかしないのだが。

 「午後のお茶の時間でしょう?一緒にどうかしら、マリア。」

 …天は二物を与えない、と言われているが、姉様はまさにそれだ。
 嫌な予感が的中しないことを願う。
 姉様には、いくつか欠点がある。

 一つは、疑いを持たないこと。
 誰もかれもが姉様に純粋であることを望んだが故の、環境による欠点といえる。

 一つは、勉強が苦手…というか、出来ない。
 最低限の読み書きしかできないほど、頭がよくない。

 「マリアを呼びに来るためとはいえ、ここは頭が痛くなるから好きじゃないのよね。」

 本を見ただけで頭痛を訴えるほどなのだけれど、皆が甘やかしてきたお陰で、姉様は本当に勉強ができない。
 本棚を見回して、少し眉をひそめた彼女は直ぐに廊下の方を向いてしまう。
 ふわりと舞った金の髪は、綺麗に落ちる。

 「今日は、私がスコーンを焼いたのよ!」

 振り向きざまに、輝くような笑顔でそう宣言した姉様は、後でねと手を振って去っていく。

 嫌な予感が的中したことを残念に思いながら、ラグナ様の方を見上げる。
 ラグナ様も、神妙な顔つきで頷くと、姉様の後を追うように去って行った。

 そう。
 姉様は、破壊的なまでに、料理が下手だ。
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