追憶乃記憶
「…気持ち、悪い…」
姉様が焼いたという、今日のスコーンは…今までで最も凄い味だった。
あれをスコーンと呼ぶのはスコーンに失礼ではないか。
でもそんなことを姉様に言えば、それはそれは悲しそうな、悲痛な表情でスコーンを『水浸し』にするだろう。
結局そんなことは言えないのだ。
姉様のそんな表情を見たくないし…最悪の場合私が追い出されてしまうのだから。
料理長と同じ材料を使っているにも関わらず、どうしてあそこまで壊滅的な味になるのだろうか。
ある意味一種の才能なのかもしれない。
「おぉい!マリア!!」
そんなことを考えながら中庭を横切っていたとき、庭園のほうから声が響いた。
ゆるゆるとそちらに顔を向けると、見慣れた顔がそこにあった。
「…あ、カーキ…と、ヴィル。ヴィラ…」
幼馴染で、騎士見習いのカーキ・ディッキンソン。
親友であり巫女である、ヴィラ・リトルバーン。
親友の双子の弟のヴィル・リトルバーン。
三人がこちらに視線を向けていた。
「…修業中?」
「いや、休憩中だが…その、いつもながら…凄まじい顔色だな…」
ヴィルは若干引き気味に眉根を寄せた。
カーキはというと私の顔を見た途端、まるで未知の生物でも見たかのように顔を引き攣らせた。
「今日も大変だなお前は…大丈夫かよ?」
ここに居る全員が、姉様がとてつもなく破壊的な料理の腕を持っていることを知っている為、とても同情的だ。
とはいえ、誰も変わってくれはしないのだが。
「まぁ…新鮮な風をもらってるから…少しは…うん。」
私の守護精霊であるアレクシオは、風の精霊。王都にはない、森の新鮮な空気をここまで運んでくれているのだ。
普通の精霊ならばそんなことは出来ないけれど、アレクシオは少し特別な存在だから、正直少し煽てれば上手く使える。
「道理で森の匂いがするはずだ。」
ヴィルが納得したように頷く。
少し笑顔を見せれば、耳元に不満げな吐息がかかる。