追憶乃記憶
「分かってる、アレクのお陰だって。」
小さく呟けば、機嫌を直したのかふわりと柔らかい風が頬を撫でた。
森の花の匂いがかすめていくのが分かる。
こうした森の空気に身を委ねていると、まだ母様が生きていた頃の…この家に引き取られる前のことを思い出す。
ふとした時に引き起こされる記憶は、優しく甘く、私の心を揺さぶる。
――マリアの髪は、本当に綺麗ね。
私の外見が人と違っていることは、昔から知っている。王都でも珍しい銀の髪は、よく好奇の目に晒された。この髪を、瞳を見たものの中には、悪魔の血を引いているのではと噂するものも少なからずいた。
大抵はカーキやヴィラ、ヴィルがそんな奴らを殴り倒してくれたけれど。
特にこの外見を綺麗だと評してくれた ヴィラの怒りは激しくて、誰にも止められないくらいの怒り様だった。
母様は、大陸の何処にでもいる人間と同じように金の髪、金の瞳だった。
姉様は金の髪、緑の目。
母様にも、親戚中の誰にも似ていない私は…言うなれば異端者も当然だった。
よく引き取り手があったものだと自分でも思う。
「マリア…おい、マリアンヌ!」
耳元で大きな声で呼びかけられ、思わずびくりと肩がはねた。
呼びかけたのは、いつの間にか姿を現したアレクシオだ。
「考え事でもしてたのか?おいこら。よく集中しやがれ。」
粗暴な口調、着崩した東洋の着物に使いもしない刀。
首元までの白銀の髪に鋭い目つきの男。
思考を無理に中断させられて眉根を寄せる。
けれど、彼が何もないのにわざわざ姿を現す理由もないだろうと、言われたとおりに意識を集中し、周囲の状況を探ってみる。
「…嘘。こんな…!」
小さく悲鳴が零れてしまう。
王都の精霊たちが怯え、震え、嘆いている。
まだ王都の誰も…姉様も気付いていないけれど、間違いない。
間違えようがない。
「悪魔が…来る!」