追憶乃記憶
私の特技の一つに、読唇術と腹話術がある。
本命は腹話術で、読唇術はそのおまけにすぎないのだが。
腹話術を表情一つ崩さずに使えるおかげで、発動詠唱を敵に全く気付かれず行うことが出来る。
…というか、その為に腹話術を覚えた。
空気の断層に着実に増えていた模様は、契約であり、力であり、紋章だった。
「『風乃(ウィンダ)交響曲(ラッツ)』」
カタナのように具象化した技ではない。
交響曲という名の通りに、これは形を持たない。
指揮者が振るうタクトのように舞い、奏でられる音はさながら交響曲のように対象者の周囲を響かせる。
「ちっ…」
技の厄介さに気付いたのだろう、カイトの表情が険しいものになっていく。
だが…――
「おい、巫女。」
カイトは風の舞う中、剣を左手に掴んだまま此方を見据えた。
視線が交錯し、紅と銀が混ざり合う。
「…お前の、名は。」
時間を稼ぐつもりなのだろうか。
けれど全く動く気配もなく、殺気も薄れている。
「マリアンヌ。マリアンヌ・ファステッタ」
「ファステッタ…?お前が、か?」
意外そうに、不思議そうにそう言われ、私の方が戸惑ってしまう。
確かに私は、本当のファステッタの子供ではない。
私の本当の名は――マリアンヌ・アンダーウィンド。
そう、最初の『悪魔の花嫁』…ユウレイカ・アンダーウィンドの、正式な子孫にあたる。