追憶乃記憶
「正式なファステッタ家ではない…名前だけだ。」
どうして悪魔にそんなことを教えてしまったのかは、自分でも分からない。
だが周知の事実であることを、隠す気もしなかった。
風が邪魔をし、悪魔と巫女が一定の距離を空けて対立したまま睨み合いを続けている。
その中心で、風に頬を裂かれるのも構わず、カイトは笑んだ。
「やはり、アンダーウィンド…か。」
―ドグン、と嫌な感じに心臓がざわめいた。動揺を顔に出さないまま、カイトを…全ての悪魔を、睨みつける。
それだけで気圧された悪魔もいた。最初の風で届かなかっただけの、低級の悪魔なのだろう。
―こいつだけはやっぱりやべぇな。…おい、マリア?
アレクの声が聞こえてはいるものの、反応できるほど状況が呑み込めているわけでも、動揺が落ち着いたわけでもない。
「残念だが、貴様らを先に進ませるわけにはいかない。」
悪魔に答えることもせず、ただ右手を差し出せば、カイトも笑みを消して剣を構えた。
一触触発、といった空気が漂う中、唐突に悲鳴が上がった。
巫女側ではなく、悪魔側にだ。
だが私は何もしていないし、巫女の中にそんなことをする者がいるとも思えない。そう考えていると、カイトが深くため息をついた。
「シド…あいつも、連れてきたのか。」
「…どういう」
ことだ、とまでは言わせてもらえなかった。
視界の端で、はらりと数本の髪が舞うのが分かった。
「こちらとしても、残念だ。お前のような優秀な巫女を殺さねばならないことは。」
シュリ、と剣が鞘を滑る独特の音が聞こえる。髪が地に落ちていくのも、見えている。
ただ、体だけが動かない。
「ユウレイカのように悪魔の…俺の、花嫁になるのならばいいのだがな。」
怒りで視界が赤くなる。
正常な判断が出来ない、と分かっているが体は止まらなかった。
巫女も悪魔も関係なく力を暴発させてしまう。
髪を、服を、地面すらを持ち上げながら、夜叉のように悪魔を睨む。
何時の間にか油断してしまっていた自分が腹立たしいのもあるが、なにより自身の血筋を嘲笑われたように感じたことに、何よりも憤った。
母を笑われた気がした。私自身を笑われた気がした。