追憶乃記憶
―ユウレイカを笑われた気が、した。
「悪魔の花嫁にしたのは、お前たち悪魔だ。」
ぴくりと、カイトが指を宙に浮かせた。鞘が手を離れ、風に舞い上げられながら地面に落ちていく。
「お前たちが、いるからじゃないか…!」
怒りと憎しみが混ざり合わさり、周囲を風が巻き起こる。
巫女たちが悲鳴を上げながら最終防衛線まで下がっていき、作戦が始まったことを王都に伝えるための伝令が走らされた。
アレクシオが巫女たちに、私に近づかないように伝えてくれたらしく、前線にはもう、私しかいない。だが、それでよかった。
「…シド、行け。」
カイトの呟きと同時に、悪魔の軍勢を連れて漆黒が動き出す。
「この私が、生きて行かせるとでも…!?」
周囲の風が一瞬で文様を刻む。
刻まれる文様は、嵐の形をしている。
私の意志のままに刻まれていくそれは髪を混ぜ合わせ、アレクシオが結ってくれたシニヨンを解ききった。
力の強さを悟ったのだろう、貴族格の悪魔が足を止め一気に下がった。
しかし、なにも理解できていない低級の悪魔はこれ幸いとばかりに私に押し寄せようとしてくる。
それで、いい。
「『夕景乃(クラウ・)嵐(ディア)』」
私以外を見境なく切り裂くこの技は、あまり好きではない。
元来人にも悪があるのと同じように、悪魔にも善があるのではないかと思うから。
けれど、今回はもうそんなことは考えない。『悪魔の花嫁』を笑ったこの悪魔は滅却する。封印なんて生易しいことは、しない。
『夕景乃嵐』を発動させたのと同時に、右腕に広がる文様を消していく。
いや、書き換えていくといった表現の方が正しいだろう。
カタナが消え、腕を取り巻く風が消え、後には静かに文様が表れる。
巫女の中でも、研究を重ねてきた私にしか刻むことの出来ない文様。腕に刻まれたのは、それだ。
四大精霊神たるアレクシオの力と、それを制御・統率できる私の意志と、私たち二人の意思伝達率、そして、私の血統が、これを可能にした。
「…召喚獣・クロスマグナ」
私以外に召喚獣界にコンタクトを取れたのは、アンダーウィンドの血筋の中でも数名しかいない。その筆頭がユウレイカだった。
ユウレイカは類まれなるその才能を、冷静な頭脳で分析していたらしい。文献にも殆ど記されていなかった能力をここまで再現できたのは奇跡に近い。
「『ウィンディア』」
揺らめく風と焔の文様。
煌めく光が辺りを一瞬だけ埋め尽くし、『夕景乃嵐』がそれを切り刻み、薙ぎ払う。
そこに居たのは、焔の色の毛皮を纏った、荒々しい獣。
だが、獣の目はとても澄んでいて、まさに神獣の風格を漂わせていた。