追憶乃記憶

悪魔乃御話


 昔、昔の物語。
 未だ、悪魔も天使も死神も。
 全てが乱れ、混沌とした世界だった頃のお話。

 ある日、小さな村に、悪魔がやってきました。
 悪魔は村の人々に、こう言いました。

 「この村で、最も美しく、穢れの無い娘を差し出しなさい。」

 そうすれば、この村を災いから守ってあげます。
 悪魔はそう約束しました。
 次の満月までに、私の所に連れてきなさい。

 もし、娘を差し出さないのであれば、この村を滅ぼしましょう、と。

 村の人々は、娘を差し出すことにしました。
 この村に穢れの無い最も美しい娘は、たった一人しかいてはいけません。

 ところがそれは、この村で一番偉い人の、たった一人の娘でした。

 偉い人は考えました。
 どうしたら、娘を差し出さずに済むだろうかと。

 そんな時、偉い人のお屋敷で働いていた娘が言いました。

 「私はまだ、男というものを知りませぬ。私が、代わりとなりましょう。」

 娘は身なりこそ貧相でありましたが、髪を整え、白粉をはたけば、それはそれは美しい娘となりました。
 娘は、最も美しいと言われても差支えの無い、とても美しい娘となりました。
 
 娘は単身、自らのみで、悪魔の元へ向かいました。

 悪魔は、見たことのない美しい娘に、不信感を抱きます。
 
 「この娘は、あの村の娘なのだろうか。」と。

 娘は、とても心の綺麗な人でした。
 悪魔であるものであっても、悪魔として腫れ物に触るような扱いをせず、堂々と悪魔にいうのです。

 「私が来たのだから、文句はないでしょう。」
 「さぁ、村を守りなさい。私が生きている限り、ずっと。」

 悪魔は、その娘に恋心を抱きます。
 ですが、その娘には、恋仲の男がいました。

 悪魔は激怒し、その娘と恋仲の男を、殺してしまいました。
 悪魔は、感情のままに、村を滅ぼしてしまいました。
 それを知った娘は、悪魔に向かって、こう言いました。

 「約束が、違います。」

 娘は、男の死を嘆くのでなく、悪魔が約束をたがえたことに、絶望しました。

 そうして、自ら、命を絶ちました。

 悪魔は、とても悲しみました。
 
 悪魔は考えます。
 どうすれば、彼女が戻ってくるだろうと。

 長い間、悪魔は考えました。
 どうすれば、彼女が戻ってくるだろうと。

 そうしてある時、悪魔は思いつきました。

 彼女の魂を、連れ戻そうと。

 悪魔は、自らの寿命と引き換えに、死神から彼女の魂を連れ戻しました。

 転生した彼女の魂は、とてもとても美しいものでした。

 ですが、彼女が戻ってきたわけではありません。

 そこで悪魔は、自らの魂と引き換えに、天使から彼女の心を連れ戻しました。

 彼女の心と彼女の魂が戻ってきましたが、彼女は戻ってきません。

 そこで、悪魔は。
 
 自らの肉体に、彼女の魂と彼女の心を、入れました。

 彼女は、やっと戻ってきました。

 不滅の肉体と魂を持つ悪魔は、死んでしまいました。

 彼女は、とても嘆き、悲しみました。

 「こんなことは、望んでいなかったのに。」と。

 そして彼女は気づきます。
 彼女の腹に、新たな命があることに。
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