天使のアリア––翼の記憶––



「藍羅先輩!」

音楽室の扉を開けると、藍羅先輩がいた。

先輩はいつも文庫本を持ち込んで読書しているのだけど、今日は様子が違った。

ぼうっと窓の外を、否、空の彼方を見つめている。

空の光が、先輩の髪の毛と同じダークブラウンの瞳に溶け込んで琥珀に輝く。

あまりにも綺麗で見惚れてしまいそうになった。

「先輩ー?」

呼びかければハッとこちらに気づいてくれたのだけれど、ちょっと心配だ。一体どうしたのだろう。

「どうかしたんですか?」

尋ねれば、途端顔が真っ赤になった。

「べ、べべべべ、別に!?な、ななななな、何もないけど!?」

直ぐに分かるような嘘。先輩って嘘つけないんだ。先輩の新たな一面を知った。

「…何があったんですか」

ふう、と尋ねると、何もないって言ってるだろ、と興奮状態のまま言われた。

そんな顔で、そんな調子で言われたって説得力は皆無だ。

「じゃあ何で顔が赤いんですか」

「か、顔!? あ、赤!? べ、べべ、別に普通だ! そして何もない!」

顔が茹で蛸のように真っ赤な先輩の顔や混乱してる先輩の様子を見て、そうか、何もないのか、なんて思える訳が無い。

絶対、何かあった。

でも、先輩は何を聞いても答えてくれないだろう。

先輩は頑固で、一度決めたら変えることはないお人だから。

「…分かりました。とりあえず一旦落ち着きましょう? それと、私はもう無理に聞いたりしませんから、何か困ったことがあれば言ってください。一人で抱え込んではダメですよ」

いいですね、と念を押すと渋々納得してくれた。

深呼吸を何度か繰り返すと顔の赤みも引いて、いつも通りの先輩に戻った。顔が赤い先輩もそれはもう可愛かったのだけれど。

「実は新たな依頼があって」

「依頼? ですか?」

首を傾げる私に先輩は封筒を渡してくれた。

それを受け取り中を見ると何枚か書類が入っていた。目を通すと、

「だ、大学付属病院!?」

驚きだった。

きっとどこかのコンサートホールだと思っていた。このコンサートで1、2曲ほど歌ってほしい、というようなそんな依頼だと思っていた。まさか病院だったなんて。
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