天使のアリア––翼の記憶––
「驚いたか?」

「少しは。だけど、面白そうですね」

私の言葉に先輩はニッと笑った。私もそう思ったんだ、と。

「今回の依頼はその紙にも書いてあるが、病院の患者向けにコンサートをしてほしいんだと。優しい穏やかな気持ちになれるような曲を4、5曲歌ってほしいそうだ」

癒されるような曲を、ということか。

先輩の歌声には滋養強壮の効果もあるんではないかと思うほどのパワーがあるので、どんな曲を聞いてもきっと力が湧いてくると思う。

「いつですか?」

「来週の日曜日だ。もう依頼を引き受けると病院側に言ってあるから、今日はそこで歌う曲の選曲とその練習をしようと思う」

病院でコンサート…とても面白そうで楽しみだけれど、一つの懸念が。

「あの、ピアノってどうなりますか? 病院にあるんでしょうか…」

グランドピアノがないにしても、アップライトピアノや電子ピアノがあれば有難い。

勿論、キーボードだから伴奏ができない、ということはない。

だけど、やっぱりペダルがなければ、ゆったりした優しい曲の伴奏は難しいところもある。先輩の歌声を十分に引き立てることが難しくなるのだ。

だからその場合には電子ピアノを持ち込むことを考えておかなければ。

「病院には入院患者が弾けるようにと設置された電子ピアノがあるそうだ。 それを使ってもらって構わないと言っていたから、伴奏に関しては何の心配もないだろう」

先輩は私の心配事は全てお見通しだ、と言わんばかりの顔をしていた。

本当に、先輩には、敵わない。

安心しました、と笑うと先輩も笑ってくれた。

「さ、選曲からはじめよう」

私は頷き、音楽室の一角に山のように積まれた沢山の楽譜の中から優しい穏やかな曲を発掘、否、探し始めた。

この山積みになった楽譜の殆どは藍羅先輩の持ち物だ。

正確に言えば、「この曲を歌ってほしい」という多くの依頼主から送られてきた楽譜だ。

それらは全て思い入れのある曲だし、まして楽譜捨てるなんてできない、と今までこなして来た曲全てがこうして積み上がっている。

だが、家に置いておけないほどの膨大な楽譜に困り果てた先輩が音楽の先生と相談し、こうして音楽室の一角に置かせてもらうことになったのだ。
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