天使のアリア––翼の記憶––




「先輩、すいませんー!」

看護婦さんに勧められた購買は通り過ぎ、正面玄関を突破して、ただただ尊敬して止まない藍羅先輩の元へと走る私。

先輩に怒られたらもう地獄でしかない。

そんな思いが私を走らせるのだ。


しかし私の目に飛び込んできたのは、


「タマ~、お前いい子だな~」

兎と戯れる美少女の図。


私は思わず立ち止まり、言葉を失ってしまった。


生い茂る緑の木々が爽やかなそよ風に揺れる。

芝生が太陽に煌めく。

子供たちの楽しそうな声も、初夏の青空に溶け込んで霞んでいく。

あまりにも美しい風景に、一瞬絵画の世界に足を踏み入れたのかと錯覚した。

「あ、月子」

こちらに気づいたのか、藍羅先輩が呼びかけてくれたおかげで、私はここが現実なのだと改めて知った。

先輩といると、現実と空想の区別がつかなくなることが多い。

「すいません、時間がかかって」

謝ると、ディナちゃんは大丈夫か、と問われた。

「薬の副作用で、彼女にはよくあることらしく、何の心配もいらないそうです」

私の説明に、先輩は納得してくれた。

不治の病にかかっている、ということは言わなかった。

何だか言うのも躊躇われた。

「おなか減ったな、何か食べに行こう」

先輩の提案に頷いた。

「その際にはウサギを解放してあげてくださいね」

「えー?タマと折角仲良くなったのに」

なー?と抱きしめているウサギに問いかけている。

その兎、タマはと言うと、やはり訳が分かっていない様子で、ただ鼻をヒクヒクさせているのだけれど。

「だ・め・で・す!」

「ケチだな、月子はー」

「ケチじゃないです、自然はそのままにするのが一番でしょう!それに先輩のアパートじゃ飼えないってお話じゃなかったですか!」

前に捨て猫を拾って帰ろうとした先輩を、彼女の大家さんと共に止めたことを思い出す。

「大家さんに頼み込むから心配いらない」

「いや、大家さんに迷惑かけないでくださいよー!」

言い争いながらも、近くの喫茶店へと移動した。
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