天使のアリア––翼の記憶––
*
「先輩、すいませんー!」
看護婦さんに勧められた購買は通り過ぎ、正面玄関を突破して、ただただ尊敬して止まない藍羅先輩の元へと走る私。
先輩に怒られたらもう地獄でしかない。
そんな思いが私を走らせるのだ。
しかし私の目に飛び込んできたのは、
「タマ~、お前いい子だな~」
兎と戯れる美少女の図。
私は思わず立ち止まり、言葉を失ってしまった。
生い茂る緑の木々が爽やかなそよ風に揺れる。
芝生が太陽に煌めく。
子供たちの楽しそうな声も、初夏の青空に溶け込んで霞んでいく。
あまりにも美しい風景に、一瞬絵画の世界に足を踏み入れたのかと錯覚した。
「あ、月子」
こちらに気づいたのか、藍羅先輩が呼びかけてくれたおかげで、私はここが現実なのだと改めて知った。
先輩といると、現実と空想の区別がつかなくなることが多い。
「すいません、時間がかかって」
謝ると、ディナちゃんは大丈夫か、と問われた。
「薬の副作用で、彼女にはよくあることらしく、何の心配もいらないそうです」
私の説明に、先輩は納得してくれた。
不治の病にかかっている、ということは言わなかった。
何だか言うのも躊躇われた。
「おなか減ったな、何か食べに行こう」
先輩の提案に頷いた。
「その際にはウサギを解放してあげてくださいね」
「えー?タマと折角仲良くなったのに」
なー?と抱きしめているウサギに問いかけている。
その兎、タマはと言うと、やはり訳が分かっていない様子で、ただ鼻をヒクヒクさせているのだけれど。
「だ・め・で・す!」
「ケチだな、月子はー」
「ケチじゃないです、自然はそのままにするのが一番でしょう!それに先輩のアパートじゃ飼えないってお話じゃなかったですか!」
前に捨て猫を拾って帰ろうとした先輩を、彼女の大家さんと共に止めたことを思い出す。
「大家さんに頼み込むから心配いらない」
「いや、大家さんに迷惑かけないでくださいよー!」
言い争いながらも、近くの喫茶店へと移動した。