天使のアリア––翼の記憶––
「楽屋にご案内いたしますね」


そして斎藤先生の後ろをついていくこと約五分。


「ここです。会場はこの隣の広場ですので」

隣の広場、というのは何か催し物をするときに用いられるような、室内にある多目的空間のことだと思う。

確かにあそこだと大勢の人が集まることができそうだ。

「案内してくれてありがとう」

「助かりました」

私達二人では、あまりにも広い病院にあるこの楽屋に行きつくのは不可能だったと思う。

迷子になること間違いなしだっただろう。

「いえいえ、コンサートしていただけることになり、本当に感謝しています」

瞳を閉じて微笑みを浮かべる斎藤先生。

その微笑みの優しいことといったらない。

あぁ、きっとこういうところに皆惚れるのだろう。

こういう温厚で爽やかなところに。

その時、不意にピピピ、と連絡音が鳴った。

私の呼び出し音ですね、と斎藤先生は真剣な顔で言った。

「すいません、呼び出しがかかってしまいましたので、私はこれで…。何かあればいつでもご連絡ください。

出演の時間の少し前にはもう一度ここに参りますので」

その間も斎藤先生を催促するような機械音は鳴り続ける。

すいません、宜しくお願いします、と去って行くその最後の一瞬まで、斎藤先生は爽やかだった。

「開演までまだまだ時間があるな」

「そうですね」

コンサート衣装をハンガーに引っ掻けながら見た時計の針は、まだ朝の10時を指している。

コンサート開始の時間は午後1時。あと3時間か…

「ちょっと早すぎました?」

先輩は楽屋においてある椅子に座りながら、フッと笑った。

「かもな。あの人、何だっけ、名前忘れてしまったが、結構神経質っぽいからな」

「…斎藤先生です、覚えてあげてください」

「あぁ、そういう名前なんだ」

「今更ですか!?私何回も呼んでいたじゃないですか!」

「だったっけ?」

「そうです!先輩しっかりしてください!」

先輩の脳はまだ寝たままなのだろうか。否、先輩に限ってそんなことはないと信じたい。
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