天使のアリア––翼の記憶––
「私の脳は起きてる」

先輩は口を尖らせた。

「ただ、人の名前と顔を一致させるのが苦手なだけだ」

「そうでしたね」

私は苦笑いした。

「でも、覚えてあげてくださいよ、斎藤先生のこと。このコンサートの責任者さんなんですから」

こういう一緒に演奏会をする場面では、先輩が人を覚えないので、代わりに私が覚える羽目になるのだ。

人を覚えることが苦手ではない性格だとはいえ、私の苦労も少しは分かっていただきたい。

「そうだ、先輩」

私が声をかけると、どうした、と先輩が尋ねた。

「今から少しディナちゃんのところに行きませんか?」

あれから一度も会っていないし、大丈夫と看護婦さんは言うけれど、少し気になる。

「ディナちゃん…あぁ、あのハーフの可愛い女の子だな」

どうやらディナちゃんのことは覚えていたらしい。

可愛い女の子だと覚えているのだろうか。

「ずっとこの部屋にいても仕方がないし、散歩がてら会いに行こうか」

先輩は席を立ちながらそう言った。


「ナースステーションに行って、ディナちゃんの病室がどこなのか聞いてみよう」

「そうですね」

ナースステーションは思いのほかすぐに見つかり、ディナちゃんの病室を尋ねてみると詳しく教えてくださった。

「えーっと、多分このあたりだと思うんですけど…」

病院内をさまようこと数分。

未だディナちゃんの病室には到達しておりません。

どこもかしこも、同じような部屋の配置だから、自分が今何階にいるのか分からなくなってしまう。

「あ、あれじゃないか?」

先輩が指さしたのは、美門ディナ、と書かれている札。

間違いない、ここがディナちゃんの病室。


コンコン、とノックをして、

「ディナちゃん、こんにちはー」

その無機質で白っぽい扉を開けた。
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