天使のアリア––翼の記憶––
けれどウサギは真剣な顔をしていた。どうやら喧嘩をふっかけてきたわけではないらしい。

「お前、どうした?」

「は?」

質問の意味が分からない。何を言い出すんだ、このウサギヤローは。

「泣いた、のか? 目が腫れてる」

心配だ、というように聞いてくるウサギ。

いつもウサギってこんなに優しいっけ?

いや、そんなわけがない。

これは、そう、幻覚なのだ。

それ程までに私は疲れているらしい。

「ど、どうしたの? ウサギ、何だかすごく気持ち悪いよ?」

なんでそんな優しい言葉をかけるの。

いつも憎まれ口をたたいているくせに。

「冗談言ってるんじゃねぇよ。聞いてるのはこっちだ。答えろ。何があった」

なんでそんな、真っ直ぐな目で見つめるの。

「何も…」

「お前の嘘はバレバレなんだよ、このバカ月子。いいから、言え」

鋭い目でそう言われれば、抵抗できるはずもなく、私は今朝見た夢のことを話した。


「そうか、お母さんが…」

案の定、説明し終わるとウサギは複雑そうな顔をしていた。なんと間抜けな顔をしていることか。

きっと私のことを心配してくれているのだろう。

ウサギは意外と、というか、結構、優しいから。

「そのことはどうでもいいの。で、誰だと思う?歌姫って」

私のそばにいる人。それで歌の上手い人。

私には藍羅先輩以外考えられないから、ウサギに意見を聞こうと思ったのに、ウサギときたら、私のお母さん–––月読様が現れたことを知って、この有様だ。

はぁ、と私は溜息をついた。

「…俺には何とも言えないな。確かに藍羅先輩かもしれねぇし、もしかしたら他の奴かもしれねぇし。取り敢えず様子を見ないと」

次の瞬間ウサギは予想外なことを言った。

「藍羅先輩のコンサートはいつなんだ?」

私は目を丸くした。

だって、あの運動バカのウサギが自ら音楽会の予定を聞くなんて…!

あぁ、明日はヒョウでも降るだろうか。

「言っとくけど、これは任務のようなものなんだからな! べ、別に、個人的に行きたいわけじゃねぇよ、勘違いすんな阿呆!」

ニヤニヤとした目でウサギを見ていると、ウサギは真っ赤な顔で怒ってきた。

真面目な顔をしたり、怒ったり、よく分からない奴だ。
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