天使のアリア––翼の記憶––
「…本当に、月子って、見てないようで見てるよねー…」

「え? 何が?」

私が首を傾げると、乙葉はふるふると優雅に首を横に振った。

「大丈夫だよー。凄く下らないことだからー、月子に言うほどのことでもないのー」

ハハ、と力なく笑った乙葉。

「下らなくても何でもいいよ。私は乙葉の話が聞きたいの」

辛いことがあるなら、一人で抱え込まないで。

「本当に下らないんだよー?」

そして乙葉は目を閉じた。

長いまつ毛が夕日に照らされて綺麗だと思った。

「……ただねー? ……月子が羨ましいなーって思ったんだー…」

乙葉の発言に耳を疑った。

「ん? え? 私? 私が羨ましい? って、なんで?」

乙葉に羨ましがられるようなことなんて、私にはないだろう。

あったとして、ピアノくらいだ。

それ以外では全てにおいて乙葉の方が優れているだろう。

私が乙葉に憧れる分でも、乙葉が私に羨ましいと思うことなどないと思う。何だろうと探してみるけれど、何も見当たらない。

「…月子が、私よりずっと魅力的だからー…」

伏し目でそんなことを言う乙葉さん。っていうか、彼女は今何と言った?

「え、いや、あの、ちょ、ちょっと待って!? 私が乙葉より魅力的? 何それ、そんなのあり得ないから! ちょ、ちょっと、乙葉さん、大丈夫? 熱あるんじゃない?」

「本当に魅力的だと思うよー!だって、月子は可愛いものー」

よしよし、と頭を撫でられるが、さっぱり意味が分からない。

「なんで?」

可愛いなんて、乙葉のためにあるような単語なのに。

私には当てはまらないのに。

THE・平凡で、無自覚な美少女でもない私には縁のない言葉なのに。

「なんでって言われたってー、本当に月子が可愛いんだもんー!」

乙葉はふふふ、といつも通りのふんわり笑顔を見せてくれた。

そう、その顔。

その顔が、その笑顔が見たかった。

乙葉の言った意味はさっぱり分からなかったが、私は嬉しかった。

彼女の笑顔が見れて、嬉しかった。

乙葉が言った言葉が、乙葉の抱える全てではないとは思うけれど、それでも、少しだけでも私を頼ってくれた。そのことが、嬉しかった。
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