天使のアリア––翼の記憶––
「月子ー、どうしたのー?」

授業が終わると、乙葉が心配してくれた。

「え?」

「授業中にボーッとしてるなんてー、月子らしくないでしょー?」

「そう? でも私、授業中に寝てる時も多いんだよ!」

胸を張ってそう言ってみても、乙葉は全然笑ってくれない。

「それ、誇ることじゃないからー」

そうですね、と私は苦笑いしたけれど、乙葉は疑い深い目で私を見ている。

どうか、嘘がバレませんように。

けれどその祈りは届かなかった。

「…月子ー、私に何か隠してることがあるんでしょー?」

「え?」

冷や汗が背筋を伝う。

「私を誰だと思ってるのー? 月子の幼馴染だよー!? そんな簡単な嘘くらいー、見抜けるに決まってるでしょー!」

何もないふりをしていたつもりだったのに、やっぱり幼馴染には通用しなかった。

「何で嘘つくのー!?」

悲しみを帯びた乙葉のその言葉が、グサリと胸に突き刺さる。

幼馴染に、嘘をつくなんて。

今までの私には考えられないことだった。

でも、それでも、私は。

「あはは、バレたー? 実は今日提出の課題がなかなか終わらなかったから、昨日徹夜してたんだよね」

本当のことは、言えないの。

私にはまだ、幼馴染という関係を壊すほどの勇気がないから。

それに失いたくないの。

大切に、したいんだ。


笑っている私を見て、そう、と乙葉は言った。

「今日は早く寝るんだよー? それからー、何かあったらー、絶対絶対私に言うんだよー?」

分かったねー?と、まるで幼い子供に言い聞かせるように、人差し指を立てている。

「分かったよ、乙葉さん」

「本当だよー? 絶対だからねー?」

くぎを刺された私は、分かってる、と言って笑った。

そんな私を見て、乙葉は少し困ったような顔で笑った。

「本当に分かったのかな~?」

信じられないな~、と乙葉は疑い深そうな顔をしている。

「もう、分かってるってば!」

そう言って笑い合う。

下らないことを言い合って笑い合える、この関係が、暖かくて、心地良くて。

だからより一層、失いたくないと思うんだ。
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