天使のアリア––翼の記憶––
溢れそうになる涙を飲み込み、私は言葉を続けた。

気持ちが揺らいだりしないように、握った拳に力を入れて。


「……好きなんだけど、それはきっと、ウサギが私のことを想ってくれている"好き"とは違う"好き"だと思うの」


…あぁ、今更気づいた。

更に罪を重ねてしまったことに。


私は、たった今、彼に言ってはいけない言葉を言ってしまった。

好き、だなんて言ってしまった。

その言葉はをウサギに言ってはいけなかったのに。

言ってしまえば、余計、傷つけてしまうというのに。


だけど、これが本音だった。

それが、私の気持ちの全てだった。


ウサギが好きだという気持ちに、偽りはない。

私は家族のようにウサギが好きだ。

それは、事実だから。




「だから……ウサギとは、付き合えない」




凪いだ風は私の言葉と共に止み、辺りから音が消える。


ウサギは一瞬目を見開いたが、すぐに目を細めてまた優しい穏やかな微笑みを浮かべた。

強い罪悪感が、酷く優しいその微笑みが、私の胸を刺す。


訪れた静寂の中、そっか、と小さくウサギが呟いた。


「そうだよな」

ウサギは明るい少し大きな声でそう言って、白い歯を見せて笑った。


胸が痛んだけど、今の私以上に、目の前で笑っているウサギがいちばん傷ついているのだと思った。

だからこそ、私は、罪を重ねた悪人である私は、せめてこの痛みに耐えなければならない。


「分かってはいたんだ。月子が俺のことを、そういう意味で好きなわけじゃないってことは、前から、ずっと」


悲しみと苦しみを隠すように作り上げられたその笑顔はひどく優しく、切なく見えた。
< 235 / 351 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop