天使のアリア––翼の記憶––
大切な人の心を傷つけた、その罪はあまりに大きくて。

きっと、この胸の痛みだけでは償いきれないほど。


けれど、それを知ってもなお、私は何もできない。

何の言葉もかけてあげられない。

誰よりも私を命がけで守ってくれる大事な幼馴染を傷つけ、その傷ついた心を救うこともできない。


あぁ、呆れるほどに無力だ。

いくらピアノが弾けたって、夢巫女の力があったって、こうして大切な人を傷つけるのなら、意味がない。

未来を見ることができても、こうして今、私の目の前にいる大切な人を悲しませるのなら、こんな、こんな力なんていらない。


いらないよ、何も、何一つだって。


今、目の前で哀しい笑顔を顔に貼り付けて、無理をして笑っているウサギを救う方法があるなら、なんだって。



訪れた沈黙の中、ウサギの言葉が響いた。


「ありがとう。ちゃんと伝えてくれて」


そしてウサギは目を細めて笑った。


予想外のことに私は目を見開いた。

同時に、どくん、と心臓が跳ねる。

…私を問い詰めるわけでもなく、罵倒するわけでもなく、貶(けな)すわけでもなく。

ウサギは私に、ありがとう、と感謝の言葉を述べた。

どうして、そんなことを言えるのだろうか。

ウサギの心にはきっと、先ほどの私の言葉が矢のように突き刺さっているのだろうに。

「…ウサギ…」

それなのに、どうして感謝の言葉など言えるの。

どうして、笑顔でいられるの。

どうして、そんなに優しくしてくれるの。

私は、君を傷つけた、張本人なのに。


「正直に言ってくれて、俺にちゃんと向き合ってくれて、嬉しかった。それだけで充分だ。…だからもう、このことは、気にすんなよな」

分かったか、とウサギは笑った。

いつものように、私を小馬鹿にするような、見下すような、そんな口ぶりで。
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