天使のアリア––翼の記憶––
けれど私はそこから、憎たらしさは微塵も感じず、ただただ優しさしか感じ取れなかった。

その優しさが、その暖かみが、私の罪悪感を煽り、私の心を責める。



どうして君は、そう、優しいのかな。



君を傷つけた私のことなど、いっそ嫌いになってくれたら良かった。

罵倒してくれたら良かった。

貶してくれたら良かった。


そうしたら、私は罪人になれた。

そうしたら、私はウサギに償うことができた。

『もう、いいよ』

そう言われるまで。


否、そう言ってもらえなくても良かった。


ウサギが笑ってくれるなら、それだけで良かった。

それだけで、私は救われるから。


ウサギが心から笑えるようになるまで、私は自分が犯した罪を償おうと思っていたのに。

その覚悟で、今、ここにいるのに。

それなのに、ありがとう、なんて言われたら、気にするな、なんて言われてしまったら、私はもう罪を償えない。

償えないじゃない…。


「…ほんと、ごめん。でも、嬉しかった。好きだと言ってくれて」

私がそう言うと、ウサギは微笑むのを止めて、私を見て呆れたような顔をした。

「何で、月子がそんな顔して謝るんだよ、気持ち悪いな。謝る必要なんてないし、ブサイクが余計にブサイクになるぞ……って、既にもうブサイクだな」

すまん、とウサギが真顔で謝ったが、早速謝る箇所が違う。

「ブサイクは否定しないけど、謝るところが違うでしょ!」

ムキになって怒る私にウサギは、ハハ、と力なく笑って私の頭に手を乗せた。

頭から伝わる暖かい体温が、私の不安を掻き立てる。


どうしよう。

このまま、ウサギが離れていってしまったら、どうしよう。

怖い。

この温かみを失うのが、怖くて堪らない。

ドクンドクンと心臓が不安な音をたてる。

大事な幼馴染を失いたくない。

離れて行かないで、なんて思ってしまう。


「私達、これからも仲良くできるのかな…?」


私の不安がウサギに問う。

同時に自分に嫌気がさした。

ウサギを振ったのは、傷つけたのは、紛れもなくこの私だというのに。

それなのに、これからも仲良くできるのか、なんて問うなんて、私はどれだけ都合の良い奴なんだ。

我儘で、甘ったるくて、自己中心的で、都合の良い、まるで道理の分かっていない、自己本位の幼い子供のようだ。

自分で自分に呆れた。


けれど、本心でもあった。


どんなことがあっても、絶対に失いたくない。

それくらい、大切な、大切な存在だから。


私の問いに少しだけ笑ったウサギは「当たり前」と小さな声で呟いた。


「俺達は、幼馴染なんだから」


その目はただ前をまっすぐ見据えていて、私の方を見ようともしなかった。

真っ直ぐな、少し潤んだその瞳は、雲間から覗く空の青を映している。

それにつられて私も空を見上げた。



湿っぽい空気さえ一掃してくれるような、鮮やかな夏の青が胸に染み渡る。



あぁ、夏よ。

どうか、お願い。


その鮮やかな青で、私達のこの苦しみを
取り除いて。

連れ去って。


夏へ。



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