天使のアリア––翼の記憶––
*
ウサギと話した次の日も、はっきりしない曇天だった。
それを眺めていると余計に心が暗くなってしまうのだけど、でも、それ以外のことが全く手につかない。
『ウサギとは、付き合えない』
『…ほんと、ごめん』
昨日私が言った言の葉が頭の中で繰り返し響いて私を苦しめ、胸を抉るような痛みが絶えず押し寄せてくる。
苦しくて苦しくて、逃げ出したくなる。叫びたくなる。誰か助けて、と。
けれど逃げ出すことはできなくて。
この苦しみに耐えなければならないと心が叫んでいる。
私はウサギを傷つけてしまった罪人なのだからその罪を償わなければ、と。
そうでもしないと、きっと私は私を許せない。
大切な存在を傷つけておいて、そのことから逃げるなんて、卑怯にも程がある。
そうは思っているのだけれど、やっぱり苦しいことには変わりはなくて。
私の小さな心はすぐに罪悪感と苦しみで満たされていっぱいになってしまう。
そのせいで、つまらない数学の授業なんて全く頭に入ってこない。
先生は私達に何かを説明しては、背を向けて白いチョークで忙しなく黒板に私には理解できないような数式を書いていく。先生は時々黄色いチョークでその数式を囲い、生徒たちは必死にそれをノートにメモしている。
私の机の上には昨日までの板書がかかれているノート。右手にはお気に入りのシャーペン。乙葉と色違いのおそろいのシャーペンだ。乙葉はピンク色で、私はオレンジ色。一緒に買い物に行った時、可愛すぎて一目惚れしてしまった。
授業の内容をノートに記録しようとすればできるのだけれど、どうしようにも先生の内容が頭に入ってこない上に私の腕はそれを書き写す気がないらしく、何もできない。
次々と黒板に白いチョークで書き出されては消えていく文字たちをぼうっと眺めては、窓の外を見た。
雨が降り出した空のお陰で町は薄暗い。昼間だというのにも関わらず、ずっしりと闇が街を覆い尽くしているようで、太陽の光もまるで届いていないように感じられた。
光が届いていないのは、私の心も同じだった。
しかし薄暗い街はもうすぐ明るくなる。もうそこまで夏が迫っていているのだから、厚い雲が流れてしまえば太陽はその姿を現して変わらない光を私達に与えてくれるだろう。
けれどこの罪悪感で覆われた心がいつか、苦しみから解き放たれるときなんてくるのだろうか。
この途方もない苦しみがなくなる日なんて訪れてくるのだろうか。
このまま一生、背負っていかなければならないんじゃないか。
だって私はウサギを傷つけた。
大きな罪を犯したんだ。
このまま十字架を背負って生きていくしか術はないんじゃないか。
そんな考えが頭を占領する。