天使のアリア––翼の記憶––
この苦しみを一生背負っていなければ、私はますますウサギに合わせる顔がない。

乙葉がこのことを知ったとすれば、私は乙葉にも顔向けできない。

私の昨日の行動にはそれくらいの重さがあると、改めて思い知った。

昨日の決断が間違いではない選択だったとしても、私に全く罪がないわけではない。

あんな悲しい、辛そうな笑顔をさせてしまったんだから。


『…俺の勘違いだったな』


昨日のウサギの笑顔が蘇る。

辛そうで、苦しそうで、悲しそうで、でもそれを決して人に悟らせないようにと創り上げられた、まるで仮面のような笑顔。

初めて私が、もう二度と見たくないと思った笑顔だった。


あんな顔で、今日もまたウサギは笑うのだろうか。

苦しみを、悲しみを、心の奥底に押し付けるように仕舞い込んで、それに蓋をするように笑顔を顔に張り付けて。

心に抱える苦しみを誰にも悟られないように、いつも通りに元気に振舞うのだろうか。

そんなことをしたら、ウサギはいつか壊れてしまうんじゃないか。

考えれば考えるほど、ぐるぐると不安が脳内を駆け巡る。同時に強い罪悪感に襲われて胸が痛む。

ふと前を向けばウサギの背中が見える。

真面目にノートに書き写しているその姿を見て更に胸が痛んだ。


私はウサギを傷つけてしまった。

この先どれだけの人を傷つけながら生きていくのだろうか。

この先どれだけの人の悲しむ顔を、苦しむ顔を見て生きていくのだろうか。


そんな途方もない悩みが産まれた。


やがて休憩時間が訪れて、乙葉が声をかけてきた。

「ねー月子ー、大丈夫ー?」

「ふぇ? 何が? 私は大丈夫だけど?」

どうしたの、と乙葉に笑いかけると「こっちが聞いてるんだけどー!」と怒られてしまった。

そして乙葉は眉を寄せて心配そうな顔をした。

「本当にどうしたのー? 今日ずっとぼーっとしてるよー?」

「うーんと、疲れてるだけで何でもないよ。だから心配しないで」

ごめんね、乙葉。嘘をついて、ごめんね。

心の中で謝る。

嘘をつくのは嫌いだけど、それでも本当のことは言えなかった。

私が考え事をしているその内容など、この大好きな幼馴染に言うのは躊躇われた。

言った後、ウサギと乙葉が気まずくなるのは嫌だと思ったし、それよりも乙葉に嫌われてしまうんじゃないかと思ったらすごく嫌だった。怖かった。

結局は私のワガママな感情のせいだ。

そう知っていたのに、私の口は真実を伝える気はないらしく言葉は出てこない。

溜息ばかりが出た。
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