天使のアリア––翼の記憶––
「えー、いいじゃん、この体勢でも」

ね、月子ちゃん?と言って彼は私に同意を求めた。

心底どうでもいいです。

漏れそうになった本音を飲み込んで、必死に言葉を取り繕う。

「…ご自由に」

ピンク色の世界の住人達を目の前に、苦笑いしかできない。

「あはは、ありがとう! でも、そろそろ藍羅が限界みたいだから離れてあげようかな」

本当は嫌なんだけど、と言ってデューク先輩は名残惜しそうに藍羅先輩を開放した。

デューク先輩が言ったように、藍羅先輩は限界を迎えていた。顔が真っ赤で、茹蛸状態だ。

「デュ、デュークの阿呆! 殺す気か!」

「殺す?そんなわけないでしょ! 俺はただ藍羅のこと抱きしめたかっただけなんだもん!」

「その思考回路が理解不能だ、この馬鹿!」

ぽかぽかと藍羅先輩はデューク先輩を叩いているが、デューク先輩は気にせずニコニコと嬉しそうに笑っている。きっとそれが藍羅先輩の照れ隠しだと分かっているからだろう。

それよりも特筆すべきは、デューク先輩は走ってきたと言うのに全く息を切らしていないということだ。生粋の帰宅部である私はその体力に関心してしまう。

「で、何しにここに来たんだ」

藍羅先輩は真っ赤な顔でデューク先輩を睨みつけた。

そんな顔をしている藍羅も可愛いよ、とデューク先輩は変わらない笑顔で言うと、そんなことを聞いているのではないと藍羅先輩は更に顔を赤く染めてそっぽを向いた。その顔の赤さといえば、湯気まででそうなほどである。

藍羅先輩はいつだってデューク先輩に対して素直ではない。否、素直になれないのだろう。無意識にやっていることだから、どうしようもないのだけど。

「あぁ、そのこと。実は現代文の先生が藍羅を呼んでいらから探しに来たんだよ。ほら、藍羅って国語係でしょ?多分、次の授業のことじゃないかな。次の授業は現代文だし。まぁ、とりあえず職員室行ってみて」

「あぁ、そう。分かった」

ありがとう、と藍羅先輩は言った。

先輩はその言葉をデューク先輩に言うということで凄く緊張しているらしかったが、それを悟らせないようにとさりげなさを装っていたのが丸わかりだった。

必死に隠していらっしゃるようだが、バレバレだ。しかしそれがより一層先輩を愛らしくさせる。

きっと藍羅先輩とこんなに親しくならなかったら、藍羅先輩のことを「綺麗な人」としか見なかっただろう。クールビューティーという言葉をそのまま体現したようなお人だから。

でも実際は綺麗よりも可愛らしくて、純粋で。

だからこそ余計に憧れてしまうんだ。
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