天使のアリア––翼の記憶––


お弁当を食べおわるとすぐに歯磨きを済ませ、愛用の楽譜を手にした私は教室を飛び出した。

走って、走って、走る。

目的の教室の扉に手をかけると同時に教室の中に入る。


「すみません、遅くなりました…!」


切れた息を整えている私に向かって、その人は微笑んだ。


「謝るなよ、誘ったのはこっちなんだから」


藍羅先輩は持っていた本を閉じながら座っていた席を立った。

「それに、遅刻したわけではないんだから」

時間だって決めてなかったんだし、と先輩は笑った。爽やかすぎる笑顔。その爽やかさといえば、デューク先輩にも劣らないほどだった。

サラサラな髪をかき上げるその仕草も、本を持つその姿も、先輩の全てがかっこよくて、綺麗で、麗しくて。

だから、全校生徒が憧れるんだと改めて思った。


それと同時に、デューク先輩がいなければ、やはり藍羅先輩はかっこいい先輩になるんだなと実感した。

何をするにも綺麗で無駄がなく、言葉の一つひとつが、仕草の一つひとつが、爽やかでカッコ良くて上品。本当に完璧なんじゃないかと思う。

でも、デューク先輩といるときだけは、違う。

顔を真っ赤にして、ツンデレで。

ただただ、可愛らしい。

そういう先輩になる。


あぁ、デューク先輩だけだ。

藍羅先輩を"女の子"にするのは。


そして藍羅先輩だけだ。

デューク先輩をあんなに笑顔にするのは。


きっと二人はお互いに大切で大切な存在なのだろう。

ちょうど、私にとってのウサギと乙葉のように。


例えばどちらか1人がいなくなったりしたら、きっと残された方は平気でなんていられなくなる。

そのくらい心の中にある、大事な存在。


…なんて、藍羅先輩は気づいていないのだろうけど。

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