天使のアリア––翼の記憶––
「…いいよ。言ってくれなかったことは、もう怒ってないよ。私も月子の立場だったらきっと言えなかった。それに、月子が約束を忘れたわけじゃないって、知ってるから」

「乙葉…」

少し救われたような感覚がして、乙葉の目を見るとその感覚は消え失せた。


「でも、それとこれは話が別だよ!」


乙葉は大きな声でそう叫んだ。

いつもはふんわりした優しいその瞳に、冷たい憎しみがこめられている。

私は言葉を失ってしまった。


「どうしてなの? ウサギは月子のこと、本気で好きだったのに、どうしてあんなひどい断り方をしたの!?」


私を本気で怒るその理由は、私がウサギを傷つけたから。

大事な幼馴染が傷つけられたから。


「ウサギがあんなに辛そうに笑ってる顔、私、初めて見た! 笑いながら泣いているのも、初めて見た!」


乙葉は拳を強く握りながら、強い口調で私を責める。

私はといえば、乙葉の言葉に茫然とした。


「ウサギ、泣いたの…?」


その声は、自分でも呆れるほど頼りない、情けない声だった。


あのウサギが泣いた、なんて。

乙葉同様、私もウサギが泣いているところなんて見たことがない。

辛そうな顔も、悲しそうな顔も、今まで一度も見たことがなかった。

…私がウサギを振るまでは。


「そうだよ! 必死に堪えてたけど、でも堪え切れなくなって、泣いた!

だけど悲しそうな顔は絶対に見せなかった!

そんな顔を見せないように、わざと笑ったような顔をつくってた!

作り笑顔をしながら、声を押し殺して静かに泣いたの!」


乙葉の怒鳴るような、悲痛な叫び声にも似たその言葉が、私の良心に突き刺さる。

そして気づいた。

乙葉の目に涙が溜まっている。

私はウサギだけじゃない、乙葉まで傷つけてしまったのか。

怒らせてしまうほど、泣かせてしまうほど、傷つけてしまったのか。


私の大切な人を、また、私の手で。


「どうして!? どうしてなの、月子!

どうして幼馴染なのに、そんな酷いことするの!?

私、月子はウサギが好きなんだと思ってたのに! それなのに…っ」


乙葉の瞳から、ついに涙が溢れた。

それを見て私の心の罪悪感は更に大きくなり、私の心を痛いほど苦しめる。


「…確かにウサギのことは、好きだよ。でも、そういう意味の好きじゃないんだ。友達として、幼馴染として、好きなの」


ウサギに言ったのと同じことを伝えた。


ウサギのことは好きだけど、恋愛対象として好きなわけじゃない。


それが私の本当の気持ちだ。

だけど、それなのに、そう言った瞬間、胸の中に何だかはっきりしないモヤモヤした感情があって、どうしてだか分からないが、とても苦しかった。

正体の分からない感情が心の中に存在している。

その感情が、喜怒哀楽のどれに分類されるのか、どんな名前がつくのかさえ分からない。


この感情は、何だろう?


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