天使のアリア––翼の記憶––
*
ギリギリで遅刻を免れた私は、今この昼休みまで誰とも話をしなかった。
と言うのも、今日の午前中の授業が全て予習のいるものばかりだったこともあって、必死でそれをしていたためだ。
勿論、全く予習をしてこなかったわけじゃない。ちゃんと予習をしたものもあったがそれでも私は予習を続けていた。
到底誰かと話ができるような心境ではなかった。
自己嫌悪に近い罪悪感が、拠り所のない孤独感が、心を支配して私を苦しめ続けているのだ。
「はぁ…」
暗い気持ちを追い出すように溜息をついて教室を見渡す。
あちこちで「お弁当食べよー」といういささか楽しげな声と共に集まる複数の生徒達が見えた。すでに仲の良い人同士で集まってお弁当を食べている生徒達もいる。
グループの人数は2人から7、8人まで様々だが、決して1人きりで食べる人はいない。
学校を休んでしまったなど、いつも一緒にお弁当を食べていた仲間がいなくなった人も、「一緒に食べよう」と誰かが誘うのだ。
そういう仲の良さがこのクラスの良いところだと私は思う。
お弁当、どうしようかな。
乙葉、一緒にお弁当食べてくれるかな。
ぎゅっと胸を締め付けるような痛みを感じながらお弁当バッグを握りしめた。
隣の席の乙葉をちらりと見れば、先ほどの授業のまとめをしている。相変わらず、可愛らしくて見やすい文字。ノートのまとめ方だってとても丁寧でまるでお手本のようだ。
すると乙葉は使っていたシャーペンを筆箱にしまい、ノートを閉じると私の方を見た。
乙葉は今日もトレードマークのリボンを頭に付けていた。幅1センチほどの細身のリボンを頭のてっぺんで結び、カチューシャのようにしている。その淡いピンク色がとても良く似合うのは乙葉だからだろうか。
乙葉はいつもと同じようにふわっと笑って言った。
「一緒に食べよー」
あまりにもいつも通りなその風景に、私は驚きのあまり一瞬言葉を失った。
「あ…うん、食べよう!」
できる限りの笑顔で、そう答えた。
心の中では、このいつも通りの関係が嬉しいと思ってしまった。
同時に、私と乙葉が十数年の間築き上げてきた絆を疑うようなことを考えてしまった自分が嫌になった。
そうして二人で食べ始めた。
いつも通り談笑をしながらお弁当を食べる。
その談笑の内容と言えば、世間話や、乙葉の部活での話、授業の話など、いつもと同じような内容だ。
乙葉の笑顔、雰囲気、声の温度さえ、いつもと何一つ変わらない。
いつもと変わらない風景なのだが、でも、何かが違う。
上手く言えないけれど、距離があるとそう思った。
こんなにも近いのに。
隣同士の席に座り、こうして向かい合ってお弁当を食べているのに、なんだか乙葉が遠かった。
教室の隅と隅、対角線で向き合って食べているのではないかと思うほどの距離を感じた。
それがなんだかすごく哀しかった。
私達の間に産まれた溝と私の犯した罪の大きさが、今感じている距離に現れているようで、心臓を鷲掴みにされるほどの胸の痛みに襲われた。
けれどその痛みから自分を救えるほどの力を持たない私は、ただただその痛みに耐えていた。
自分のせいでしょう、と半分諦めたような思いを浮かべて。
ギリギリで遅刻を免れた私は、今この昼休みまで誰とも話をしなかった。
と言うのも、今日の午前中の授業が全て予習のいるものばかりだったこともあって、必死でそれをしていたためだ。
勿論、全く予習をしてこなかったわけじゃない。ちゃんと予習をしたものもあったがそれでも私は予習を続けていた。
到底誰かと話ができるような心境ではなかった。
自己嫌悪に近い罪悪感が、拠り所のない孤独感が、心を支配して私を苦しめ続けているのだ。
「はぁ…」
暗い気持ちを追い出すように溜息をついて教室を見渡す。
あちこちで「お弁当食べよー」といういささか楽しげな声と共に集まる複数の生徒達が見えた。すでに仲の良い人同士で集まってお弁当を食べている生徒達もいる。
グループの人数は2人から7、8人まで様々だが、決して1人きりで食べる人はいない。
学校を休んでしまったなど、いつも一緒にお弁当を食べていた仲間がいなくなった人も、「一緒に食べよう」と誰かが誘うのだ。
そういう仲の良さがこのクラスの良いところだと私は思う。
お弁当、どうしようかな。
乙葉、一緒にお弁当食べてくれるかな。
ぎゅっと胸を締め付けるような痛みを感じながらお弁当バッグを握りしめた。
隣の席の乙葉をちらりと見れば、先ほどの授業のまとめをしている。相変わらず、可愛らしくて見やすい文字。ノートのまとめ方だってとても丁寧でまるでお手本のようだ。
すると乙葉は使っていたシャーペンを筆箱にしまい、ノートを閉じると私の方を見た。
乙葉は今日もトレードマークのリボンを頭に付けていた。幅1センチほどの細身のリボンを頭のてっぺんで結び、カチューシャのようにしている。その淡いピンク色がとても良く似合うのは乙葉だからだろうか。
乙葉はいつもと同じようにふわっと笑って言った。
「一緒に食べよー」
あまりにもいつも通りなその風景に、私は驚きのあまり一瞬言葉を失った。
「あ…うん、食べよう!」
できる限りの笑顔で、そう答えた。
心の中では、このいつも通りの関係が嬉しいと思ってしまった。
同時に、私と乙葉が十数年の間築き上げてきた絆を疑うようなことを考えてしまった自分が嫌になった。
そうして二人で食べ始めた。
いつも通り談笑をしながらお弁当を食べる。
その談笑の内容と言えば、世間話や、乙葉の部活での話、授業の話など、いつもと同じような内容だ。
乙葉の笑顔、雰囲気、声の温度さえ、いつもと何一つ変わらない。
いつもと変わらない風景なのだが、でも、何かが違う。
上手く言えないけれど、距離があるとそう思った。
こんなにも近いのに。
隣同士の席に座り、こうして向かい合ってお弁当を食べているのに、なんだか乙葉が遠かった。
教室の隅と隅、対角線で向き合って食べているのではないかと思うほどの距離を感じた。
それがなんだかすごく哀しかった。
私達の間に産まれた溝と私の犯した罪の大きさが、今感じている距離に現れているようで、心臓を鷲掴みにされるほどの胸の痛みに襲われた。
けれどその痛みから自分を救えるほどの力を持たない私は、ただただその痛みに耐えていた。
自分のせいでしょう、と半分諦めたような思いを浮かべて。