天使のアリア––翼の記憶––
「なぁ、乙葉。英語のノート見せてくれないか?」

お弁当を食べ終わり談笑していると、ウサギがそんなことを言ってきた。

「英語ー?」

「この前の板書の全部をノートに書きとれなかったんだ、頼む!」

頭を下げるウサギに、はい、と乙葉はノートを手渡した。

「授業が始まる前にちゃんと返してねー?」

「もちろんだ、ありがとう!」

ウサギはそれを受け取ると急いで書き写す作業に入った。

「書き写しきれないとか、馬鹿なの?馬鹿だよね。てか絶対そうだよね」

私が溜息つくとウサギは振り返った。

「んなこと自問自答すんな阿呆が! あの先生、黒板消すのがめちゃめちゃ速いんだよ!」

確かにそれは言えるかも。

私も何度か書き写しきれず、乙葉にノートを借りたことは数えきれない。

その時クラスメイトの声が聞こえた。

「乙葉ちゃん、あの、呼んでるよ!」

その声で私達三人は、乙葉を呼んだクラスメイトを見た。

ニコニコ、否、ニヤニヤと笑うクラスメイトの顔を見て、呼び出したであろうその人物のの要件が何であるのか分かった。どうせ告白だろう。

「ごめん、ちょっと行ってくるねー」

「またか、乙葉は本当にモテるな」

ウサギにもそれが分かったらしく、彼はそう言って溜息を吐いた。

「ウサギだってそうでしょー?」

そう言って乙葉は少し笑った。

「…気をつけて」

私の言葉に振り返った彼女は、だいじょーぶと目を細めて笑った。

乙葉が教室を出たところには、やはり男子生徒が緊張した面持ちでいた。

彼らの姿がここからでも見えるのだが、どうやら乙葉は告白されているようだ。

乙葉は眉を下げて困った顔をしている。

けれど、相手の男子生徒は悪い人ではなさそうなので大丈夫かなと思う。

「…乙葉、モテるね」

前にいるウサギに問いかけると、あぁ、とそれだけウサギは返した。

それしか言わないので不審に思って私はウサギの顔を見た。

「…ウサギ?」

呼びかけると彼は私の方を見た。

「何だよ?」

何とも不機嫌そうな顔をしている。


「…ううん、何もない」


言いかけて、やめた。

私の答えに、なんだそれ、とウサギは笑った。

「何もないのに気軽に俺の名前を呼ぶんじゃねぇよ」

「ウサギのくせに生意気な」

「それは俺のセリフだ、馬鹿月子」

「あんたよりマシだっていってるでしょ!なに、その事実さえ分からないほどの馬鹿なの?」

可哀想なくらい馬鹿なのね、と呟くと、ふざけんな、と怒られたのだが気にしない。

いつものことだ。

そう思うと何だか嬉しかった。

また今までのように仲良くできるような気がした。

けれど少しだけ、胸が痛んだ。

けれど、その胸の痛みは気のせいだと心に言い聞かせた。
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