天使のアリア––翼の記憶––
「そういうウサギは何に出るの?」

試合中転倒したら腹いせに大笑いしてやろうとひっそりと思った。

「俺はバレーだよ。バスケ部はバスケの試合に出れないんだ」

「そう言えばバスケ部ってー、バスケの試合の審判もしないといけないんだっけー?」

「そうなんだ。まぁ、先生たちは球技大会の運営とか色々忙しいだろうし、何より試合は多いかんな。仕方のないことだ」

「でも試合数多いんでしょー? バスケ部人数多いけどー、でもー、すごく忙しいんじゃないー? 大変だねー」

乙葉は眉を下げて心配そうな顔をした。

「まぁ、好きなことだから別に苦じゃねぇよ」

心配してくれてありがとう、とウサギは爽やかに微笑んだ。

乙葉はほんの少しだけ頬を染めて、「幼馴染だから」とはにかんだ。

__あぁ、何だか本当に恋愛ドラマのワンシーンのように見えてくる。

何だろう、この清涼感。

何だろう、このリア充な感じ。

初見だったら、きっとこの二人はカップルであると勘違いしただろう。

それに、あの微笑み。

同じ幼馴染なのに、乙葉には爽やかな笑みを、私には大笑いという、この扱い。

いや、乙葉が可愛すぎるせいもあるが、というかきっとそれがいちばんの原因だとも思うが、それを考慮しても私と乙葉の扱いの差が酷いと思うのは私だけだろうか。

「そういえば、乙葉の試合も俺が審判することになったんだ」

もう1人いて2人体制なんだけどな、とウサギは言った。

「本当ー? ウサギが審判だったら、何だか緊張しないで済みそうだねー!」

乙葉はふにゃっと目を細めて笑った。

可愛い、可愛すぎる。

なんだこの可愛さは。

天使、天使だ。

この人、天使だ。


「でも乙葉だからって甘くしないかんな」

ウサギは挑発的に笑った。

それに応えるように乙葉も不敵の笑みを浮かべた。

「そうじゃなきゃ困るよー」

よろしくね、審判さん。

そう言って微笑んだ乙葉の可愛さに、周りにいた男子生徒がバタバタと倒れていったことを、この美少女は知らない。

あ、とウサギは突然声をあげた。

「どうかしたの?」

そう声をかけると、奴は呆然とした声でこう言った。

「やべぇ、今から試合だった…」

「馬鹿でしょ」

すぐに言葉が出た。

条件反射並のスピードだった。

「ウサギ何でそんな大事なことを忘れるのー?」

乙葉と2人呆れた。

どうりで遠くからウサギを呼ぶ声が聞こえていると思った。

「そういうわけでもう行くな。じゃあ、また後で!」

言い終わるのとほぼ同時にウサギは駆け出していった。


「ウサギ、大丈夫かなー?」

乙葉がその後ろ姿を心配そうに見つめながら呟いた。

「うん、大丈夫ではないと思う」

私は呆れた顔のままきっぱりと言った。


だって、ほら。


「ウサギ! お前、遅ぇよ!」

「どこ行ってたんだよ!」

「はぁ? 忘れてた? ふっざけんな、ウサギお前まじ阿呆だろ!」

「ごめんじゃすまねぇよ、馬鹿!」


ウサギが怒られている声がここまで聞こえてくるんだもの。


大体、あんな大遅刻しておいて無事な方がおかしいのだ。

きっと仲間からも相手からも罵られていることだろう。

この月子を馬鹿にした天罰が下ったのだ。

いい気味である。
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