天使のアリア––翼の記憶––
「…座ってて」

先輩に言われるまま、私はベンチに腰掛ける。

北斗先輩は学生ズボンのポケットから財布を取り出して、自販機で何かジュースを買っているようだった。

ピッという軽やかな機械音のあと、ドゴンとジュースが落ちてくる音が響いた。

けれど、そのどれもが遠い世界の出来事のように感じられた。

確かにこの場にいるはずなのに、なんだか夢の中のような感覚がしていた。

夢の中の出来事であってほしいと、そう思ったからかもしれない。


「…はい」


北斗先輩の声が聞こえて我に返ると、先輩は何かを差し出してくれていた。


「…え?」


「…ミルクティー、嫌い?」


顔は仏頂面のままである。

「…嫌いなら、他のにするけど」

けれど、どこか優しくて、一瞬ぼうっとしてしまった。

「…そ、そんなことないです!大好きです!」

私が慌ててミルクティーのペットボトルを受け取ると、北斗先輩は私の隣に座った。

北斗先輩も私にくれたミルクティーと同じものを買ったようで、それを飲んでいた。


「…何か、あったの?」


先輩はぼうっと前を見ながら突然そう言った。

私が何も言えずにいると、更に先輩は言った。

「…ウサギのこと?」

「えっ!?」

どうして分かるんですか、と問いかけると、先輩は溜息を吐いた。

「…そんなとこだと、思った」

先輩は無表情のまま、またミルクティーを飲んだ。



「…気づいたんです、やっと」



ぽつりと呟いた。





「…私、ウサギが好きです」





言葉にした途端、想いが溢れそうになった。

零れ落ちないように必死にそれを抱きしめて、口角をあげて笑ってみせた。

そうでもしないと、泣いてしまうと思ったから。
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