天使のアリア––翼の記憶––
先輩は、そう、と言った。


「…でも、すごく、悲しそう」


「…悲しい…ですか」


そう見えますか、と私は薄く笑った。

先輩には、お見通しだったのか。

先輩は、見てないようで、よく見てる。

そんなことを考えながら、私は下を向いてミルクティーの入ったペットボトルを握りしめた。




「…もう、届かないんですよね」




ぽたりと涙が手に落ちた。

最初暖かかった涙はすぐに冷たくなった。

先輩は黙ったまま、私の声に耳を傾けてくれていた。




「…ウサギはもう、私を、好きではない…」




ぽたり、ぽたり。

いくつも手の上に零れ落ちる。


言葉にした途端、想いが倍増するような感覚がした。

風船が膨らむような、そんな感覚。


想いが溢れて、涙に変わる。



諦めているわけじゃない。


勇気がないせいでもない。


ただ、事実として知っていた。


少し前から、分かっていた。


ウサギはもう私を見ていない、と。


もう、そう言う意味で"好き"じゃないんだと。




「…それで?」


温度のない北斗先輩の言葉が耳に届いて、私は北斗先輩の顔を見た。


「…だから?」


「え…?」


「そんなこと、関係ないでしょ?」


真っ直ぐ私を見つめるワインレッドには揺るぎがなく、見透かされてるような、射るような、そんな眼差しだった。


「…か、関係ないって…」


呆然としていると、北斗先輩は言った。


「…大事なのは、月子がどうしたいか」


「ど、どうしたいかって…」


困惑する私をよそに、先輩は私の手を握った。


涙で濡れた冷たい手に伝わる温度は暖かかった。


「…溢れるくらいの、その想い。ウサギに伝えたい? 忘れたい? それとも、ウサギを嫌いになりたい? 好きでいたい? 月子は、どうしたい」


先輩は更に言葉を続けた。


「…今決めるのは、すごく辛い。でも、決めないと、進めないまま」


あぁ、先輩もこんな感情を抱いたことがあるのかもしれない。


「…大丈夫。選んでも、独りじゃない」


私を励ますその声は、北斗先輩自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


「…僕達、一緒だから」
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