天使のアリア––翼の記憶––
一緒。

それってつまり、届かない相手に恋をしているということ?



「…先輩は、選んだんですか?」


私の言葉に、先輩は黙って頷いた。





「…僕は、好きでいることにした」




ぽつりと呟いた。


「先輩の好きな人って、どんな人なんですか?」

私が尋ねると先輩は少し考え込むような格好をした。


「…どんな人…」


しばらくして再び私の方を向くと、先輩は無表情のまま言った。




「馬鹿」




「え?」

思ってもいなかった言葉に驚いた私は聞き返した。想像しておたよりも大きな声だった。

好きな人の特徴を聞いて「馬鹿」って回答が出てくるなんて誰が想像しようか。

呆気にとられる私をよそに、先輩は指を折って次々にその人の特徴を言った。


「馬鹿、阿呆、ドジ、マヌケ、鈍感、天然…」


飛んでくる言葉は暴言ばかりだ。

相手を罵ってしかない。

「ま、待ってください、それただの悪口です!」

私の制止の言葉にかぶせるように、だけど、と先輩は言った。


「…すごく、優しい。何に対しても、優しい。

あと、笑顔。すごく…暖かい」


先輩はそう言って目を閉じた。

ひどく優しい顔をしていた。


「…でも、もう、届かない」


先輩は目を開いた。

先輩の顔は穏やかだけど、瞳に切なさを灯していた。




「……結婚、してるから」



私は言葉を失った。

だから、先輩は届かないと言っていたのか。

納得はしたけれど、何も言えなかった。

何を言ったら良いか分からなかった。


「…相手の人、僕の尊敬する人。魔法、勉強、戦い方…色々、教えてくれた。僕の、尊敬する、師匠。僕の、大事な人。だから、師匠は、嫌いになれない。絶対…できない」


あぁ、本当に、私達は一緒だ。

だからこそ、切ない想いが苦しいほど伝わってくる。
< 284 / 351 >

この作品をシェア

pagetop