天使のアリア––翼の記憶––
*
かぐや会館の方に挨拶をして、楽屋に荷物を置くと、かぐや会館の方があのルナ・プリンシア・ホールが誇る大ホールへと案内してくださった。
塵一つ見当たらない綺麗すぎるロビーを抜けて、ひたすら後をついていくと、不意に学芸員の方が立ち止まった。
「ここです」
そう言って学芸員の方が豪華で重厚感のある黄金の取手を手にし、それをゆっくり開けた。
「うわぁ…」
一歩踏み入れた途端、思わず感嘆の声が漏れた。
凛と張り詰めたような空気の中に、明かりが灯っていないステージが浮かんでいる。
ステージの奥の方には金色の豪華で巨大なオルガンが鎮座している。
この、ステージで。
幼い頃からずっと憧れていた、このステージで、演奏ができる。
喜びを噛み締めながら、今後二度と忘れないようにと私はしばらくその光景を目に焼き付けていた。
ステージにはピアノが一台置いてある。広い客席には誰一人観客はいない。来る気配さえ感じない。
公演前とも違うホールの雰囲気に、私は胸が高鳴った。
ステージを見つめながら思わず言葉が漏れた。
「…こんなに素敵な場所で演奏会ができるんですね…」
先輩は頷いたが、それっきり言葉を返してこないので不思議に思って先輩の方を見た。
その瞬間、ふわふわと浮かれていた感情が、さっと引いた。
引いた、というよりは、地面へ叩きつけられるような、そんな感覚だった。
「先、輩…?」
思わず声をかけずにはいられなかった。
先輩はまっすぐステージを見つめていた。
その目は私のそれとは違っていた。
大きな舞台に喜び浮かれるような様子も見せず、ただただまっすぐ見ていた。
まっすぐな瞳は厳しさも秘めているようだった。眉間には少しシワが寄っている。
ただ、その厳しさの中に、どこか哀しみがあるようにも見えて、微かに切なさが漂っていた。
「…あのステージで、歌うんだな…」
藍羅先輩は神妙そうな顔で呟いた。
「…そ…そうに決まってるじゃないですか!何を言ってるんですか」
あははと無理に笑おうとした。
さっきの言動は単なるジョークなのか。はたまた、ただの独り言なのか。さっぱり区別がつかない。
けれど暗い雰囲気は得意じゃないから、私は先輩の呟きを笑い話に変えてしまおうと思った。
藍羅先輩には笑っていてほしい。
私のただ一人の先輩。
大好きで憧れの先輩。
藍羅先輩は私の方を見るとふっと笑った。余分な力が抜けたような笑顔だった。
「ごめん、ただの独り言だ。ちょっと緊張してるから」
先輩の言葉に驚きを隠せない。
「先輩でも緊張することがあるんですか!」
ホールの館長さんや先生、大勢の観客など、どんな人を前にしてもいつもと同じような素振りで振舞う藍羅先輩は、きっと舞台慣れしていてどんな時も緊張しないのだろうと思っていた。
「あんまりあたしを買い被るな。あたしだって緊張くらいする」
口を尖らせて、椅子の背もたれに組んだ腕を乗せた。
かぐや会館の方に挨拶をして、楽屋に荷物を置くと、かぐや会館の方があのルナ・プリンシア・ホールが誇る大ホールへと案内してくださった。
塵一つ見当たらない綺麗すぎるロビーを抜けて、ひたすら後をついていくと、不意に学芸員の方が立ち止まった。
「ここです」
そう言って学芸員の方が豪華で重厚感のある黄金の取手を手にし、それをゆっくり開けた。
「うわぁ…」
一歩踏み入れた途端、思わず感嘆の声が漏れた。
凛と張り詰めたような空気の中に、明かりが灯っていないステージが浮かんでいる。
ステージの奥の方には金色の豪華で巨大なオルガンが鎮座している。
この、ステージで。
幼い頃からずっと憧れていた、このステージで、演奏ができる。
喜びを噛み締めながら、今後二度と忘れないようにと私はしばらくその光景を目に焼き付けていた。
ステージにはピアノが一台置いてある。広い客席には誰一人観客はいない。来る気配さえ感じない。
公演前とも違うホールの雰囲気に、私は胸が高鳴った。
ステージを見つめながら思わず言葉が漏れた。
「…こんなに素敵な場所で演奏会ができるんですね…」
先輩は頷いたが、それっきり言葉を返してこないので不思議に思って先輩の方を見た。
その瞬間、ふわふわと浮かれていた感情が、さっと引いた。
引いた、というよりは、地面へ叩きつけられるような、そんな感覚だった。
「先、輩…?」
思わず声をかけずにはいられなかった。
先輩はまっすぐステージを見つめていた。
その目は私のそれとは違っていた。
大きな舞台に喜び浮かれるような様子も見せず、ただただまっすぐ見ていた。
まっすぐな瞳は厳しさも秘めているようだった。眉間には少しシワが寄っている。
ただ、その厳しさの中に、どこか哀しみがあるようにも見えて、微かに切なさが漂っていた。
「…あのステージで、歌うんだな…」
藍羅先輩は神妙そうな顔で呟いた。
「…そ…そうに決まってるじゃないですか!何を言ってるんですか」
あははと無理に笑おうとした。
さっきの言動は単なるジョークなのか。はたまた、ただの独り言なのか。さっぱり区別がつかない。
けれど暗い雰囲気は得意じゃないから、私は先輩の呟きを笑い話に変えてしまおうと思った。
藍羅先輩には笑っていてほしい。
私のただ一人の先輩。
大好きで憧れの先輩。
藍羅先輩は私の方を見るとふっと笑った。余分な力が抜けたような笑顔だった。
「ごめん、ただの独り言だ。ちょっと緊張してるから」
先輩の言葉に驚きを隠せない。
「先輩でも緊張することがあるんですか!」
ホールの館長さんや先生、大勢の観客など、どんな人を前にしてもいつもと同じような素振りで振舞う藍羅先輩は、きっと舞台慣れしていてどんな時も緊張しないのだろうと思っていた。
「あんまりあたしを買い被るな。あたしだって緊張くらいする」
口を尖らせて、椅子の背もたれに組んだ腕を乗せた。