天使のアリア––翼の記憶––
「…月子、そろそろいいか?」

しばらくしてから、遠慮がちに先輩が声をかけた。

「あっはい!」

指を止め、私は頷いた。

きっと引き続ける私に気を遣ってくださったのだろう。

少し悪いことをしたなと思った。

後輩が先輩に気を遣わせるなんて、後輩失格だ。

「すいません、弾き続けてしまって…」

謝る私に、どうして謝ると先輩は問うた。

「謝るほどのことでもないだろう」


そしてニッと笑って言った。


「さ、次はあたしとの練習だ」


その後2時間びっちり練習して、終わる頃にはヘトヘトに疲れたことは言うまでもない。




「これくらいでいいか」

先輩は伸びをしながら言った。

「はいぜひそうしてほしいです」

というか休憩をください。

2時間ぶっ通しで歌い続けるなんて、やっぱり藍羅先輩、人間離れしていると思うんですけど。

「明日が本番だというのに、こんなに飛ばして練習していたら支障がでますって。喉が潰れたり、喉を傷めたりしたらどうするんですか」

「月子は心配性だな~」

私が詰め寄ると、藍羅先輩はケラケラ笑うと、ペットボトルに入った水を少し飲んだ。

「大丈夫だって。これでも長く歌い続けてるんだ。自己管理くらいできる」

「だけど…」

「心配したってもう仕方ないだろ?今日の練習は終わったわけだし。それに明日が本番なんだ。本番では、観客に最高の歌を届けたい。最高の音を響かせたい。練習時間なんていくらあっても足りない」

「それはそうですけど」

「月子だって本当はまだまだ練習したいと思うだろう?」

先輩の言葉に頷かざるを得なかった。

明日が本番だけど、まだいくつも心配な個所もあるし、不安な個所もある。

常に完璧を目指してはいるけれど、完全には程遠い。

時間があるなら、目一杯練習したい。

「けれど、練習のし過ぎで腕を傷めたら元も子もないですから」

今までの練習は全て明日の本番のため。

練習でけがをしたり傷めたりして本番に悪影響を与えたら意味がない。

それもそうだなと先輩は頷いた。


「全ては明日のためだからな」

そういって少し遠い目をした。

でもそれは一瞬の出来事で、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「もう、帰ろうか。明日は本番だからな」


そして会館のスタッフの方に挨拶をして、宿泊先のホテルに向かった。

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