天使のアリア––翼の記憶––
「あの日、月子があの歌のメロディを書き写したノートを見せてくれた時から、あたしは少しずつ自分の本当の姿を知るようになった。
月子に教えてもらったあの歌を歌えば歌うほど、思い出すんだ。記憶が呼び覚まされるんだ。
あたしが元々いた場所の景色とか、翼で飛んでいた時に見えた風景とか、あたしがここに落っこちてきた時のこととか、遠い日の記憶が。
あたしの背に翼があった時の、懐かしい思い出だ。
病院の演奏会の打ち合わせで病院に行ったとき、兎の姿をした環に出会って、教えてもらって、ようやく自分が何者なのか理解できたのだけど」
先輩は微笑んで目を閉じた。
「お、落っこちたって…?」
私が尋ねると、藍羅先輩は自分にも分からないと首を横に振った。
「分からない。ただ微かに覚えているのは、空が割れたことだけ」
藍羅先輩の言葉がよく飲み込めない。
「…空が…」
「…割れる…?」
ウサギと乙葉は顔をに合わせて首をかしげた。
「それ、どういうこと?」
北斗先輩も分からないという顔をしている。
「私がお答えしましょう」
それまで黙って見守っていた環が口を開いた。
「あの日、私達が住む場所で異変が起こりました。空が割れ、大地が砕けたのです」
彼の第一声から私達は言葉を失った。
「割れた空からは心が冷えるほどの悲しみが降り注ぎ、砕けた大地からは禍々(まがまが)しい怨念が炎のように湧き上がるのを感じました。恐ろしいと思いました。
私と歌姫は共に行動していました。街を歩いていた、その時でした。私達の足元の大地が砕けたのです。その砕けた大地の裂け目に歌姫は落ちてしまいました。私は何とかして彼女を助けようと後を追いました。
目がさめると私と歌姫はこの世界にいました。砕けた大地の向こう側とこの世界が繋がっていたようです。
そして間も無く歌姫がその記憶と力の全てを失っていると知りました。私自身も殆どの力を失い、元いた世界に戻れるほどの力は残っていませんでした。恐らくこの世界に落ちたことの衝撃が原因でしょう」
環は冷静に話した。
けれど僅かにその瞳には恐怖を宿していた。
「異世界から帰る術もなく、途方にくれた私ですが、望みはまだありました。あの歌です。あの歌は、歌姫が作り出した歌。あのメロディは歌姫を愛していました。あの歌ならば、歌姫の失った記憶と力を思い出すきっかけになると信じていました。
僅かに残った力で私は歌姫を赤ん坊の姿に変えました。そして他の人間の子供と同じような速度で成長するようもしました。全てを思い出すその日まで、人間の世界に溶け込めるように。
私自身も兎に姿を変えました。歌姫に記憶と力が戻るまで、私は目立たぬように彼女を見守っていたのです。
と言っても実際はディナには見つかって、友達になってしまいましたが」
環は僅かに微笑みを浮かべた。
ディナちゃんの存在が、不安でいっぱいだった彼の心を支えていたのだろうと思った。
ディナちゃんの存在に彼がどれだけ救われたのだろう。私には想像つかない。
月子に教えてもらったあの歌を歌えば歌うほど、思い出すんだ。記憶が呼び覚まされるんだ。
あたしが元々いた場所の景色とか、翼で飛んでいた時に見えた風景とか、あたしがここに落っこちてきた時のこととか、遠い日の記憶が。
あたしの背に翼があった時の、懐かしい思い出だ。
病院の演奏会の打ち合わせで病院に行ったとき、兎の姿をした環に出会って、教えてもらって、ようやく自分が何者なのか理解できたのだけど」
先輩は微笑んで目を閉じた。
「お、落っこちたって…?」
私が尋ねると、藍羅先輩は自分にも分からないと首を横に振った。
「分からない。ただ微かに覚えているのは、空が割れたことだけ」
藍羅先輩の言葉がよく飲み込めない。
「…空が…」
「…割れる…?」
ウサギと乙葉は顔をに合わせて首をかしげた。
「それ、どういうこと?」
北斗先輩も分からないという顔をしている。
「私がお答えしましょう」
それまで黙って見守っていた環が口を開いた。
「あの日、私達が住む場所で異変が起こりました。空が割れ、大地が砕けたのです」
彼の第一声から私達は言葉を失った。
「割れた空からは心が冷えるほどの悲しみが降り注ぎ、砕けた大地からは禍々(まがまが)しい怨念が炎のように湧き上がるのを感じました。恐ろしいと思いました。
私と歌姫は共に行動していました。街を歩いていた、その時でした。私達の足元の大地が砕けたのです。その砕けた大地の裂け目に歌姫は落ちてしまいました。私は何とかして彼女を助けようと後を追いました。
目がさめると私と歌姫はこの世界にいました。砕けた大地の向こう側とこの世界が繋がっていたようです。
そして間も無く歌姫がその記憶と力の全てを失っていると知りました。私自身も殆どの力を失い、元いた世界に戻れるほどの力は残っていませんでした。恐らくこの世界に落ちたことの衝撃が原因でしょう」
環は冷静に話した。
けれど僅かにその瞳には恐怖を宿していた。
「異世界から帰る術もなく、途方にくれた私ですが、望みはまだありました。あの歌です。あの歌は、歌姫が作り出した歌。あのメロディは歌姫を愛していました。あの歌ならば、歌姫の失った記憶と力を思い出すきっかけになると信じていました。
僅かに残った力で私は歌姫を赤ん坊の姿に変えました。そして他の人間の子供と同じような速度で成長するようもしました。全てを思い出すその日まで、人間の世界に溶け込めるように。
私自身も兎に姿を変えました。歌姫に記憶と力が戻るまで、私は目立たぬように彼女を見守っていたのです。
と言っても実際はディナには見つかって、友達になってしまいましたが」
環は僅かに微笑みを浮かべた。
ディナちゃんの存在が、不安でいっぱいだった彼の心を支えていたのだろうと思った。
ディナちゃんの存在に彼がどれだけ救われたのだろう。私には想像つかない。