天使のアリア––翼の記憶––
「400年前、私たちの組織は成立したの。初代当主は絶大な魔力と魅惑的な美貌を兼ね備えた、史上最強の魔法使いとも言われる伝説的存在。そして彼女の幼馴染もとても優れた魔法使いで、彼女と同じように魔法使いの組織を作ったわ。
彼の名は、サファイア。
彼はその時からいろいろな理由から絶大な悲しみと憎しみを増幅させていたと記録に残っているわ。私達のボスが高校生のころは、それが原因で色々あったみたいだけど」
七星先輩は一瞬切ない目をして、再び語り出した。
「サファイアが創った組織は、実績もあり、とても信頼のおける組織よ。裏でこそこそと悪いことをしない、善良で模範的な組織だと私達の世界では有名なの。知らない者などいないほどね。
けれど、組織というものはボスの意思を色濃く反映するわ。ちょうど、竹取会のようにね。
だから私、ずっと不思議に思っていたの。どうして彼は悲しみや憎しみといった感情を心に蓄積させていたのに、それが組織に反映されなかったのか。
彼は公私を分けるのが上手だったとどこかの文献で見たこともあるわ。けれど私は納得がいかなかったの。心に積もった感情に蓋をして、感情が内側から出てこないようにするのはとても難しく、殆ど不可能なことだもの。
けれど、環さんの話を聞いて、ようやく納得したわ。
彼が隠し持っていた負の感情が彼の心に蓄積されていって、その限界点を超えて放出した先が、環さん、貴方たちの世界だったのね」
七星先輩は気の毒そうな顔をし、北斗先輩は黙ったまま拳を握った。溢れそうになる感情を抑えているような、そんな風に見えた。
「…そんな理由があったのですか」
言葉は固く、感情を出さないように自分に言い聞かせているようだったが、不快そうに眉間にシワを寄せて、瞳には憎しみの色がちらついていた。
自分達を異世界に追いやった人物の話だ、そんな表情をするのも仕方ない。私は思った。
それと同時に、その感情を隠す必要もないのに、と思ったけれど、彼にとっての最優先項目は歌姫を導き守ることだから、自分を抑え込むことは必要不可欠なことなのかもしれない。
対して藍羅先輩は普通の顔をしていた。
「環、そんな難しそうな顔をして、どうしたんだよ?」
全ての記憶が戻ったとは言え、天然で鈍感であることには変わりがないようだった。
あまり喜ぶべきことではないが、それでも少しだけ嬉しかった。
そこに、私の知る藍羅先輩がいると思えたから。
「…貴女は、何も思わないのですか?自らを異世界に落とした人物の話を聞いて、何も思うことがないのですか?」
最もな環の問いに、あぁ、と間抜けな返事をした。そんな考え方もできるな、とでも言いたそうな感嘆の声だった。
「環はこの世界に落ちたことを、その原因となった者や事を、怒ったり、恨んだり、憎んだりするかもしれない。その感情は分からないわけでもないし、咎めるつもりもない。
けれどあたしには、怒れないんだ、恨めないんだ、憎めないんだ、この世界に落ちたことを」
ひどく優しい顔をして、藍羅先輩は語り出す。
「だって、この世界に落ちたことが最悪だったとしても、その先には幸せしかなかったんだ。最悪な事実さえ中和させて、むしろ幸せだったとさえ思うような、そんな時間が流れていた。
そう思えるのは、ここにいるみんなに会えたから。それに…」
今まででいちばんやさしくて明るい笑顔で、藍羅先輩はある人物を見つめる。
それは、もちろん。
「デュークに会えたから」
藍羅先輩の大好きなひと。
彼の名は、サファイア。
彼はその時からいろいろな理由から絶大な悲しみと憎しみを増幅させていたと記録に残っているわ。私達のボスが高校生のころは、それが原因で色々あったみたいだけど」
七星先輩は一瞬切ない目をして、再び語り出した。
「サファイアが創った組織は、実績もあり、とても信頼のおける組織よ。裏でこそこそと悪いことをしない、善良で模範的な組織だと私達の世界では有名なの。知らない者などいないほどね。
けれど、組織というものはボスの意思を色濃く反映するわ。ちょうど、竹取会のようにね。
だから私、ずっと不思議に思っていたの。どうして彼は悲しみや憎しみといった感情を心に蓄積させていたのに、それが組織に反映されなかったのか。
彼は公私を分けるのが上手だったとどこかの文献で見たこともあるわ。けれど私は納得がいかなかったの。心に積もった感情に蓋をして、感情が内側から出てこないようにするのはとても難しく、殆ど不可能なことだもの。
けれど、環さんの話を聞いて、ようやく納得したわ。
彼が隠し持っていた負の感情が彼の心に蓄積されていって、その限界点を超えて放出した先が、環さん、貴方たちの世界だったのね」
七星先輩は気の毒そうな顔をし、北斗先輩は黙ったまま拳を握った。溢れそうになる感情を抑えているような、そんな風に見えた。
「…そんな理由があったのですか」
言葉は固く、感情を出さないように自分に言い聞かせているようだったが、不快そうに眉間にシワを寄せて、瞳には憎しみの色がちらついていた。
自分達を異世界に追いやった人物の話だ、そんな表情をするのも仕方ない。私は思った。
それと同時に、その感情を隠す必要もないのに、と思ったけれど、彼にとっての最優先項目は歌姫を導き守ることだから、自分を抑え込むことは必要不可欠なことなのかもしれない。
対して藍羅先輩は普通の顔をしていた。
「環、そんな難しそうな顔をして、どうしたんだよ?」
全ての記憶が戻ったとは言え、天然で鈍感であることには変わりがないようだった。
あまり喜ぶべきことではないが、それでも少しだけ嬉しかった。
そこに、私の知る藍羅先輩がいると思えたから。
「…貴女は、何も思わないのですか?自らを異世界に落とした人物の話を聞いて、何も思うことがないのですか?」
最もな環の問いに、あぁ、と間抜けな返事をした。そんな考え方もできるな、とでも言いたそうな感嘆の声だった。
「環はこの世界に落ちたことを、その原因となった者や事を、怒ったり、恨んだり、憎んだりするかもしれない。その感情は分からないわけでもないし、咎めるつもりもない。
けれどあたしには、怒れないんだ、恨めないんだ、憎めないんだ、この世界に落ちたことを」
ひどく優しい顔をして、藍羅先輩は語り出す。
「だって、この世界に落ちたことが最悪だったとしても、その先には幸せしかなかったんだ。最悪な事実さえ中和させて、むしろ幸せだったとさえ思うような、そんな時間が流れていた。
そう思えるのは、ここにいるみんなに会えたから。それに…」
今まででいちばんやさしくて明るい笑顔で、藍羅先輩はある人物を見つめる。
それは、もちろん。
「デュークに会えたから」
藍羅先輩の大好きなひと。