天使のアリア––翼の記憶––
ウサギは私の前に立ち塞がり、まるで私を守るかのように手で制している。

目の前で様々なことが瞬く間に起こっていて、頭の中で情報処理が追いつかない。ただ唖然とすることしかできていない。


「おーい、無事かって聞いてんだろ」

頭だけを後ろに回して尋ねてくる、珍しく落ち着いた顔をしているウサギに、私は呆然としてしまった。


「え…あ、ハイ、無事デス」

「それなら良かった」


私の片言な返答にほっとした表情を見せるウサギを見て、私はハッと気づいた。


「ま、さか、さっきのって…」


私の問いに答える代わりにウサギはニッと笑った。

嘘、さっきのってウサギがしたの…?


「ただ蹴っただけだけどな」

ウサギはハハと力なく笑った。


何、それ…本当にウサギが、あのウサギが大の大人を、蹴飛ばしたの?だって、
さっきの人、3メートルくらい飛んで行ったよ?ウサギって喧嘩強かったの?嘘、知らなかった…

って、何でウサギがここにいるの?今日部活だったんじゃないの?

疑問が次々と出てきて、頭が混乱する。


「月子、ちょっと下がってろな」


不意にウサギが言った。

「え?」

「いいから下がれっつーの。どっか安全な場所…そうだな、俺の5メートル後ろに。連れていかれねーように気を付けてろよ」

前を見据えて、私の方を一切向かないウサギに違和感を感じつつも、有無を言わせないその感じに、私は従うしかなかった。
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