天使のアリア––翼の記憶––
「歴ばあ!只今月子を連れ帰った!」

ウサギが叫んで私の家の門に突入した。

「つ、疲れた…」

家の敷地内に入ると、私は崩れるようにしゃがみこんでしまった。さすがに疲れた。走り過ぎたよ、今日は。

「月子、大丈夫ー?」

乙葉が私の後に入ってきた。どうやら私の後ろを守ってくれていたらしい。

乙葉は、爽やかで、いつも通りの癒し系の可憐な乙葉だった。

って、乙葉さん、あんたさんなんでそんなにも爽やかなんですか…!あんなに長い距離を走ったのに!持久走の何倍もの距離を走ってきたのに!

乙葉だって美術部部長という、立派な文化部さんなのに!


「お帰り。無事だったかい?」

おばあちゃんが玄関から優雅に登場だ。私たちの様子を見ても、こんなに遅い時間に帰ってきたことも何もかも、驚いてはいないらしい。夢で見たのだろう、流石である。

藤色の淡い上品な着物は、やはりおばあちゃんだから似合うのだろうか。

「あのね、おばあちゃ」


今日合ったことを全て話そうとしたけれど、

「話は中で聞くよ」

おばあちゃんにそう言われてしまったので、私は黙るしかなかった。


「ウサギも乙葉も、世話かけて悪かったねえ。まぁ、取り敢えず中にお入り」

月光の元でも分かるくらいニッコリ笑顔のおばあちゃん。その微笑みは着物に劣らず上品だと思った。

おばあちゃんは私の幼馴染であるウサギ、乙葉の両方とも面識があり、昔から何かととても仲が良い。まるで自分の孫のように可愛がっている。まぁ、大事な幼馴染なので、そうしてくれるのはとても嬉しいことなんだけれどね。

「あぁ」

「お邪魔しますー」

二人の後を追うように、私も家の中へと入った。

二人が通されたのは、客間だった。畳が敷かれており、床の間にはこの家に代々伝わる書と、季節の花–––今日は、淡い紫のライラックの花が美しく活けられている。生け花はおばあちゃんの担当で、おばあちゃんはこういうことは大得意なのだ。とても尊敬する。

客間は、この家で最も綺麗な場所だ。

けれど、


「な、んで…?」


今まで、高校生になっても二人とは互いの家を行きあうほど仲が良かったけれど、一度も客間に通したことはなかった。

客間に通されるのは、"お客さん"だけだから。

それなのに、どうして…?
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