小咄
「ママ、どうやったら男の人を、その気にさせられるの?」

 真剣な表情で言う。
 狐姫は、じ、と深成を見ていたが、考えつつ口を開いた。

「そうさねぇ。太夫を張ってたあちきから言わせれば、そんな駆け引きなんざお手の物だけど。でもあんたにゃ難しいだろうね〜」

 深成はいつでも直球だ。
 上手く相手をその気にさせつつ焦らしたり、落ちそうに見せかけて、するりと相手の腕の中から逃げることなど、とても出来ない。

「とはいえ、あちきは枕は嫌いだねぇ。心底好いた客なら、まぁいいけどさ。簡単に身体を許しちゃ、ただの安い女になっちまうからね。ここは、そういう店じゃない。枕目的で来られても困るんだよ」

 からん、とグラスの中の氷を弄ぶ。

「駆け引きの出来ないあんたには、客をその気にさせるのは難しかろ」

「でも……。わらわ、真砂に喜んで欲しい……」

 しょぼん、と言う深成に、狐姫は片眉を上げた。

「あんた、あの兄さんのことが好きなのかい」

 これには、深成は少し首を傾げる。

「下手に相手をその気にさせたら、それこそアフターに誘われたところで、ホテル直行ってこともあり得るよ。同伴よりも、アフターはその危険が高い。お千代のように、そこも上手くすり抜けられる技術なんて、ないだろう? まして相手はホストだ。同じような仕事してるんだから、兄さんだって、そこは承知だろうさ。兄さんがアフターに誘ったら、それはすなわち、ホテルへのお誘いだと思って間違いないよ。それでもいいのかい?」

 俯いたまま、深成はちょっと考えた。
 そして、ちろ、と上目遣いで狐姫を見る。

「わらわがそれを承知したら、真砂は喜ぶかな?」

「喜ぶだろうね。ただでさえ、男は女好きなもんだ。ホストの兄さんはともかく、今まで売り上げに貢献してただけで手も触れなかった女が身体を許してくれたら、普通の客は、そら嬉しかろうよ」

 この狐姫の意見は、キャバクラの一般的な客のことを言ったものだが、深成はそうは思わなかったようだ。
 また少し考えて、小さく頷いた。

「じゃ、じゃあ、もし真砂がアフターに誘ってくれて、もしもそういうことになっても、真砂が喜んでくれるなら頑張る!」

 ぐ、と拳を握り締める深成に、狐姫は少し胡乱な目になった。

「何をどう頑張るっていうんだい。……まぁいい。あんたがあの兄さんのことを好いてるなら、枕も許そう。そんならとりあえず、まずは兄さんをその気にさせるぐらいの色気を備えないとね」

「うん! ママ、教えて!」

 こうして深成は、真砂の誕生日まで狐姫の指導の元、お色気作戦を実施すべく、奮闘するのであった。
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