小咄
 そしてそれから一週間後。
 その夜は、いつもより遅くに真砂はやってきた。

「いらっしゃい、真砂」

 いつものように、ててて、と走り寄りたいところを、ぐっと堪える。
 今日は『大人な深成』で攻めるのだ。

「遅かったのね。来てくれないのかと思って、悲しかった」

 真砂の横に座り、ボトルを用意する。
 ちょっと真砂は妙な顔で深成を見た。
 が、すぐにいつもの表情に戻り、ボトルを開ける深成に、水を所望する。

「店のバースデーイベントで飲み過ぎた。薄めで作ってくれ」

「あ、そうなの?」

 きょとん、と言ってしまってから、慌てて深成は口調を変える。

「店で祝って貰ったんだ? わらわが初めじゃないのね」

 油断すると、どうしてもいつもの子供っぽい口調になってしまう。
 いかんいかんと思いつつ、グラスを真砂に差し出すと、そこで初めて真砂がじっと見ていることに気付いた。

「……なぁに?」

 チャンスと思い、にっこりと(自分の中では)艶やかに微笑む。
 真砂は黙ってグラスに口を付けた。
 が、依然視線は深成に据えたままだ。
 
 見惚れている、という甘やかな視線ではない。
 いかにも妙なものを見るような、不審げな視線だ。

「真砂、ホストですもんね。バースデーイベントがあるのは、当たり前ね」

 ほぅ、と物憂げに、ため息をついてみせる。
 真砂がグラスを置いた。

「ま、イベントはしょうがない。……それよりも」

 ソファに深く身体を沈め、真砂は深成を真っ直ぐに見た。

「どうしたんだよ。何だよ、今日の態度は」

「何って」

「おかしいぜ。いつものお前じゃない」

「おかしい?」

「ああ。変だ」

 きっぱりと言われ、深成は口をへの字に曲げた。
 どうやら大人っぽい喋りは失敗だったようだ。

 が、真砂は、ぷぅ、と膨れる深成に、口角を上げた。

「ふふ。戻ったな」

「……真砂を喜ばそうと思ったのに」

 膨れっ面のまま言い、だが深成は、早々に喋り方は諦めた。
 真砂が喜んでくれないなら、無理してやる必要はないのだ。
< 107 / 497 >

この作品をシェア

pagetop