小咄
「ねぇ。今日はイベントがあったから、遅くなったの?」

「ああ。だから、あんまり時間がないな」

「そっかぁ……」

 しょぼん、とする深成を、真砂はちら、と見た。
 この態度だけで、結構男はやられるのに、生憎深成にはわからない。
 次の手段に出てしまう。

「真砂。わらわね、今日、新調したドレスなんだ」

 す、と身体を寄せ、深成は上に着ていたボレロを脱いだ。
 胸元がざっくり開いた、キャミドレス。

 もちろん貧弱な胸は、寄せて上げての矯正下着&パッドで、三割増しぐらいにしている。
 お陰で若干息苦しいほどだが、これも真砂のためだ。

 ここまでしても、千代には及ばないが、それでも谷間は出来ている。
 真砂が少し、目を見張った。

「真砂のために、ね」

 言いつつ、そろ、と真砂の腕に、自分の腕を絡める。
 腕を組めば、自然と深成の胸が、真砂の腕に当たるのだ。
 ちょっと、真砂が不自然に視線を泳がせた。

---やった! 真砂が動揺してる! もうすぐ閉店だし、あと一押し!!---

 深成の心の声に呼応するように、ボーイが閉店の旨を知らせてきた。
 深成はここぞと身体を真砂に寄せ、下から彼を覗き込んだ。
 ほぼ密着状態で顔を上げれば、真砂からは深成の胸元がばっちり見える。

「まだちょっとしか、一緒にいてない……。お祝い足りないよね?」

 小さい声で、深成が囁く。
 その瞬間、真砂がボーイに向かって指を鳴らした。

「アフターを頼む」

 深成を指して言う。
 どきん、と深成の胸が高鳴った。

---やっっったあぁぁ!!! ママぁ、やった! やったよぅっ!!---

 深成が心の中で○ロ助のように万歳三唱しているうちに、真砂は席を立って、会計に行った。
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