小咄
 真砂はビルの下で待っていた。

「あれ、先のバーで待っててくれれば良かったのに」

 大抵の客は、どこぞの店で待ち合わすものだ。
 アフターの約束をしたって、キャストはそうそうすぐに来てくれるわけではない。
 女子は用意に時間がかかるものなのだ。

 もっとも深成は、他のキャストにはあり得ないほど早くに飛んできたのだが。

「ただでさえ、今日は飲み過ぎてるんだ。店に行くよりも、休みたい」

 短く言い、真砂は深成の腕を掴んで歩き出す。
 あれれ? と、ちょっと深成は狼狽えた。

 あまり機嫌が良くないようだ。
 元々あまり表情のない人ではあったが、今は無表情というよりは、仏頂面といったほうがぴったりな、不機嫌そうな顔だ。

 そんなにアフターに付き合うのが嫌だったのかと、深成は悲しくなった。
 自然と足が重くなり、深成は立ち止まる。
 真砂が振り返った。

「真砂……。やっぱりアフター、嫌だったんだね。ごめん。疲れてるんでしょ」

 しょぼん、と俯いて言う。
 ここまで不機嫌な真砂に、舞い上がっていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
 キャストが客の前で泣いてはいけない、とわかっているが、我慢出来ずに涙が溢れてくる。

「ごめんね! アフターはいいよ」

 早口に言い、深成は真砂の手を振り払って駆け出した。
 が。

「きゃうんっ!」

 この日のために履いていた、慣れないハイヒールで足を捻る。
 深成はその場に、派手にすっ転んだ。

 せめて格好良く去りたかったのに、最後の最後までこのザマだ。
 しゃがみ込んだまま、深成はぼろぼろと涙を流した。

「……立てるか?」

 真砂が、手を差し出す。
 しばらくえっくえっくとしゃくり上げていた深成は、そろ、と真砂の手を取った。

 その途端、凄い力で引き起こされる。
 そしてそのまま、真砂は腕を深成の肩に回した。
 深成を抱くように、肩を組む。

「怪我したな。足も捻っただろう。そんな状態じゃ、どこへも行けないよな」

 そう言うと、真砂はそのまま歩き出した。
 ふと顔を上げれば、先にあるのはホテル街。

「真砂……」

 ちょっと不安そうに言う深成に、真砂は前を向いたまま答えた。

「休みたいって言っただろ。……俺も酔いが回って来た」

「……」

 相変わらず仏頂面だが、身体はがっちりと拘束されているも同然だ。
 よくわからないまま、深成は痛む足を引き摺って、真砂について行った。
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