小咄
 真砂が入ったのは、ホテル街から抜けたところにある、普通のシティホテルだった。
 部屋に入るなり、真砂は上着を脱ぎ捨てる。

 深成は所在なく、部屋の入り口で立ち竦んでいた。
 なまじ普通のホテルだけに、真砂の真意がわからない。
 ラブホテルなら、そこに入るだけで目的がわかるが、普通のホテルなのはどういう意味なのだろう。

 しかも、結構良い部屋だ。
 階数も上のほうだし、眺めもいい。

 そして。
 深成は部屋の奥を見た。
 ダブルベッド。

---ということは……やっぱりそうなの? んでも……---

 立ち竦んでいると、真砂がいきなり深成の腕を掴んで引き寄せた。

「ひえぇぇっ! あのっままま、真砂っ……!!」

 ラブホテルでは、入った時点で覚悟は出来るものだが、今はいまいち真砂の目的がわからないため、深成は情けない声を上げた。
 が、真砂は頓着せず、深成の腕を掴んだまま、反対の手で廊下のドアを押す。

「とにかく、風呂に入れ」

「えっ」

「さっき転んだところも、洗わんといかんだろ。ついでにその匂い、落としてこい」

「に、匂い?」

 慌てて深成は、くんかくんかと己の腕を匂ってみる。
 そんな深成の両肩を掴み、真砂は正面から彼女を覗き込んだ。
 じっと見つめ、おもむろに口を開く。

「どうしたんだよ。今日のお前は変だぞ。格好もそうだし、似合わない香水まで付けて。態度だっておかしかった」

「え、へ、変だった?」

「ああ。お前じゃないみたいだ」

「それは、良い意味?」

「悪い意味だ」

 ずばりと言う。
 きゅ、と深成は唇を噛んだ。
 じわ、と浮かんだ涙を見られないよう、俯く。

 真砂は何も言わずに、そろ、と軽く深成を抱き寄せると、風呂場へと彼女を押した。
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