小咄
 やがて運命のピストルが鳴る。
 スタートと同時に飛び出したのは、やはり真砂と六郎。

 初めの200mは、妨害はない。
 ほぼ横一列で、柵の入り口に辿り着く。

 二人が柵の中に飛び込むや、羊たちが逃げ惑う。
 が、そんな羊たちの中で、一人だけが真砂に向かって駆け寄った。
 もちろん千代である。

 だが真砂は、そんな千代には気付かぬ風に、彼女の反対側に走る。
 その先には深成の姿。
 他の者など一切見ずに、真砂は深成だけを目指して、柵の中を駆けた。

 だがそれは六郎も同じ。
 そして狙う獲物が同じだと気付けば、自ずとお互い必死になる。
 殺気剥き出しの男二人に迫られ、深成は脱兎の如く逃げ出した。

「おいこら! 何逃げてるんだ!」

 真砂が怒鳴る。

「だって怖い! 何でわらわを狙うのさ〜っ!」

 ちょこまかと逃げ惑う深成も必死だ。
 小さいだけに、するすると他の羊たちの間をすり抜ける。

「貴様は俺のクラスだろうが!」

「そうだけど〜っ! 何でそんなに必死なのさ〜っ! 怖いよぅ〜〜っ」

 きゃんきゃんと言いつつ逃げ惑う深成を追いかけ回していた真砂だったが、いきなり立ち止まった。
 ようやく千代の姿が目に入ったのだ。

「真砂先生。私なら協力は惜しみませんわっ」

 ずい、と進み出る。
 いい加減疲れていた真砂は、息をつきながら鉢巻を取った。

「お前は抱えにくそうなんだよな」

 眉間に皺を寄せつつ言う真砂に、千代は自ら足を差し出した。
 すらりとした付け根まで剥き出しの足を、誘惑するように真砂の目の前に突き出す。

 少し向こうにいた六郎が、またちょっと上を向いた。
 真砂は顔色を変えることもなく、千代の足首を掴む。

「おいっ! 何を別の子を選んでいるんだ」

 鼻を押さえながら、はたと気付いたように、六郎が駆け寄ってくる。

「君はさっきまで、思いっきり深成ちゃんを狙っていただろう!」

「それが何だ。捕まえにくい奴よりも、協力的な奴のほうが楽だろう」

 ぱ、と掴んでいた千代の足を離し、真砂が言う。
 もっともな意見だろうに、言い草が気に食わなかったらしく、六郎がいきり立つ。

「楽とは何だ! あんなに深成ちゃんを狙っていたくせに、あっさりと他の子に目移りするとは何事だ」

 これではまるで、真砂が女ったらしのようだ。
 真砂が深成を狙うとなると阻止しようとするわりに、それをやめると文句を言う。
 なかなか厄介な男である。
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