小咄
 が、そんなことには気付かず、六郎はあと少しで真砂に追い付く、というところまで近づいた。
 この時点では、もう六郎は深成しか見えていない。
 抱えている千代のことを忘れ、ただ持っている『荷物』を自然に肩に担ぎ、空いた片手を深成に差し伸べる。

 その瞬間、ぴき、と六郎の身体が強張った。
 折角今まで注意して運んでいた千代を、不用意に抱えてしまったのだ。

 六郎の肩に、むにゅ、と柔らかな感触が、思いっきり伝わった。
 さらにその『荷物』を支える片手には、これまた柔らかな、素肌の感触。

 六郎の足が止まった。
 同時に思考も止まる。

 動きをなくした六郎の前の真砂が、ゴールラインを越えた。
 そして、少し気の緩んだ深成が、ちょっとずるっとずり落ちた。

「あにゃっ」

 その瞬間、六郎に最後の駄目押しが見舞われた。
 深成の身体が逆さまになり過ぎて、着ていたジャージが捲れ上がったのだ。

 下も脱いでいた上に、今深成は膝を曲げて、真砂の肩に太ももで引っ掛かっている状態だ。
 真砂の肩の位置で、深成のいちごパンツが顔を出した。

「よいせっと。何だお前、下まで脱いでたのか」

 真砂が担いでいた深成を前から引っ張り、どさ、と片手で支えながら降ろした。
 そして捲れ上がったジャージを手早く直しながら言う。

「あ、うん。だってやっぱり、汚しちゃったら悪いし……て、先生っ! わらわのパンツ見たでしょーっ!」

 むきーっと突っかかる深成を見下ろし、ふん、と真砂は鼻を鳴らした。

「もうちょっと、色気のある下着にすればどうだ? いちごなんざ、小学生レベルだな」

「きーっ! やっぱ見てるーっ! 助平なんだから〜〜っ!」

「そんなもん見て欲情するのなんざ、あいつぐらいだ」

 不意に真砂が、ちょい、とコースを指差した。
 え、と深成が振り返ると、そこはいつの間にやら血の池地獄。
 六郎が、白眼を剥いてぶっ倒れていた。

「全く、危ないんだから」

 倒れている六郎の横で、千代がぱんぱん、と手を叩きながら呟いた。
 六郎が倒れたときに巻き添えを食らったのだろうが、そこは身軽な千代のこと、六郎を蹴り飛ばして、無事着地したらしい。

「千代、大丈夫だったの?」

 ててて、と深成が千代に駆け寄る。
 ちなみに折角他の先生方を追い抜いたのに、最後の最後でぶっ倒れてしまったので、その横を再びどんどん追い抜かれ、六郎最下位。
 すでに競技自体終わっている。

「私は大丈夫だけど。六郎先生は重症かもね」

 重症、というわりには冷たい視線を、足元に落とす。
 千代にとっては六郎など、どうでもいいのだ。
 あ、と深成がしゃがみ込んだ。

「六郎先生っ。わぁ、血まみれ。大変だぁ〜」

 大変大変、と騒ぐ深成が救護班を呼び集め、六郎は保健室へと運ばれて行った。
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