小咄
「だ、大丈夫……」

 何とか鼻血を噴くのは耐えられたが、その分妙な熱が籠ってしまったようだ。
 顔は真っ赤で、眩暈がする。

「六郎兄ちゃんっ! 熱あるじゃん」

 前から深成が手を伸ばして、六郎の額に当てて叫ぶ。

「凄い熱いよ? そんなんで、ホテルまでも行けないでしょ? やっぱりわらわのところにおいでよ。もうすぐ真砂が来てくれるし」

「う……。で、でも……」

 深成と二人でホテルに泊まるチャンスは逃すが、だからと言って深成を真砂しかいない家に一人で帰すわけにはいかない。
 ぐるぐると考えを巡らしている間にも、身体はどんどん熱くなる。

 深成はパフェの残りを掻き込むと、さっさと荷物をまとめて席を立った。

「さっ行こう。立てる?」

 言いつつ伝票を持ってレジに行こうとする深成の肩を、慌てて六郎が掴んだ。

「貸しなさい。深成ちゃんが払うことないよ」

「え~? だって今日一日、全部おごってくれたじゃん。大体六郎兄ちゃん、そんなにしんどいのに、そんな気遣わなくてもいいよ」

「いいから。深成ちゃんこそ、小さいのにそんな気遣わなくてもいいんだよ」

「わらわ、もう小さくないって!」

 ぷぅ、と頬を膨らます深成に笑いかけ、それでも六郎は深成の手から伝票を取った。

「もぅ……。でもごちそうさま」

 にこ、と笑う深成の笑顔だけで、六郎はほんわか暖かい気持ちになる。

 会計を済ませて駅に向かうと、すでに改札前辺りから人があふれている。
 幸いカフェから駅まではアーケードがあったので濡れることはなかったが、改札まで行かなくても、電車が止まっていることがわかるほど、人でごった返していた。

「うわぁ……。これじゃ動いてても、いつ乗れるかわかんないね」

 駅前のロータリーには、もうタクシーの姿もない。

「ああ、ほんと、真砂が電話してきてくれて良かったぁ」

「……彼、いっつも深成ちゃんの帰りを気にしてくれてるの?」

 しみじみと嬉しそうに言う深成に微妙な表情になりつつ、六郎が聞く。
 が、深成は、とんでもない、という風に、ぶんぶんと首を振った。

「まさか。そんなこと、あるわけないじゃん」

「え、でも」

「今日はさぁ、きっと夕飯の都合だと思うよ。あきちゃんもあんちゃんもいる予定だったのが、いきなり帰れなくなったじゃん。これでわらわも帰れなかったら、真砂、自分の分だけ作ればいいから楽じゃん」

「……彼は料理好きなんだね」

「違うよ。人の作ったものを食べないんだ。だから、真砂が夕飯の時間にいるときは、真砂が作るの。今日もそれ」
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