小咄
「全く、上様の気まぐれにも困ったものだよ」

 ぶつぶつ言いながら、千代が白い単に襷をかける。
 今日来たばかりの新参者が、いきなりお中臈扱いで迎えられたのだ。
 しかも、来たその日の夜に、すでに伽が決まっているという。

「野駆けで見つけた女子なら、その場でとっとと抱いちまえば、それでいいだろうに。何でわざわざ奥に迎えたりするんだか」

「それはやっぱり、清五郎様の娘さんだからでしょう。陰でこそこそされるよりは、いいじゃないですか」

 苦笑いしながら、あきが応じる。
 伽を奪われた千代はご機嫌斜めだが、あきは目尻が下がっている。
 新しい妄想の種が舞い込んできたのだ。

「さ、湯は沸いてますから。早く行かないと、上様がお渡りになってしまいますよ」

「わかってるよ。ったく、何で私が、新参者の身体を清めないといけないんだか」

 あきに急かされ、千代が文句を垂れつつ湯殿に向かう。
 今夜真砂に召されている新参者の湯あみを手伝わねばならないのだ。
 同時に身体も検める。

---まぁ、この私より良い身体の女子なんて、そういないだろうけどね。きっと上様も、すぐに私が良いと思うに決まってるさ---

 一晩ぐらい閨を奪われても、別に動じない。
 今までだって、真砂はずっと千代一人ではなかったのだし、何と言っても自分の身体には自信がある。
 男であれば放っておくはずがない、という自信があるので、今回も単なる気まぐれのつまみ食いぐらいにしか思っていないのだ。

 余裕な表情で湯殿に入ると、煙の向こうに小さな影が動いた。

「あんたが新しいお中臈かい」

 不躾に、千代は声をかけた。
 今現在は、身分は千代のほうが上だからだ。

 大奥は縦社会。
 上に立つ者が絶対なのだ。

 本来このような湯あみの手伝いなど、中臈がするものではない。
 が、新入りの場合のみ、その新入りの身体を調べる意味もあり、それなりの立場の者が自ら湯あみに立ち会うのだ。
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