小咄
「よし。じゃタイムシートを送ってしまえ」

 八時少し前に、今年の仕事は無事終了した。
 深成のタイムシートにサインをし、真砂が言う。
 深成はタイムシートを受け取ると、いそいそと複合機を操作して、シートを送った。

 今日は皆とっとと帰ってしまったので、すでにフロアは二人だけだ。

「ああ良かった。やっぱり千代が手伝ってくれると早いなぁ。来年からは千代も復帰するし、課長も楽になるね」

 FAXを送ってしまってからPCを落とし、深成は荷物をまとめながら真砂を見た。

「別に不便も感じなかったがな」

 深成の出来なかった部分はかなりあったし、それを全て肩代わりしていたわりには、真砂は特に何とも思っていないように、素っ気なく言う。

「それは、わらわが頑張った部分もあるから?」

 真砂についてフロアを出ながら言う深成に、真砂は少しだけ口角を上げた。
 そして腕時計に目をやる。

「意外に早く出来たな。中途半端な時間だから、道も混んでないだろう」

「そういえば、清五郎課長が言ってたお店ってどこ?」

「前に飯を食いに行った店の、ずっと北側だ。不便なところだから、タクシーで行ったほうが早いだろうな」

 ビルから出たところでタクシーを拾い、二人は皆の待つ店へと車を走らせた。



「あっ深成ぃ~~!! お疲れ~~。遅かったじゃん~」

 店に入るなり、おそらくトイレから帰ってきた捨吉に出くわした。
 会社の時点ですでにかなり酔っていたので、もうどこから見ても酔っ払いだ。

「お待たせ。あんちゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。それよりも深成、お腹空いたろ? ここのお刺身、ほんとに絶品だよ~」

 へらへらと笑いながら、捨吉は深成と肩を組んで奥に向かう。

「来たか。早かったな」

 座敷に入ると、清五郎が軽く片手を挙げた。
 その横には千代。
 あきは千代と向かい合わせにおり、何やら嬉しそうな表情で顔を上げた。

「じゃ、改めて乾杯するか。真砂は日本酒でいいか? 派遣ちゃんは? 飲めるクチか?」

 お猪口に日本酒を注ぎ、真砂に渡しながら、清五郎が深成に聞く。

「ん~、まぁとりあえずだし」

 ちょっとだけなら大丈夫だろうと思ったが、真砂が冷たい目を向けた。

「桃缶の汁で酔う奴が、日本酒なんか飲めるか。子供はジュースにしておけ」

「乾杯だけだもんっ。今から注文してたら、皆に迷惑じゃん。じゃ、ビールにする」

 ぷん、とあきの横に座りながら、深成が言う。
 が、あきがささっと立ち上がった。

「あ、えっと。深成ちゃん、ちょっと待って。真砂課長、課長はどうぞ、こっちへ座ってください」

 清五郎の前を示しながら、真砂を促す。
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